幽夢影 / 巻下・千字文すら且つ然り
予嘗集諸法帖字,爲詩字之不複而多者,莫善於《千字文》。然詩家目前常用之字,猶苦其未備。如天文之「煙霞風雪」,地理之「江山塘岸」,時令之「春霄曉暮」,人物之「翁僧漁樵」,花木之「花柳苔萍」,鳥獸之「蜂蝶鶯燕」,宮室之「臺檻軒窗」,器用之「舟船壺杖」,人事之「夢憶愁恨」,衣服之「裙袖錦綺」,飲食之「茶漿飲酌」,身體之「鬚眉韻態」,聲色之「紅緑香艷」,文史之「騷賦題吟」,數目之「一三雙半」,皆無其字。《千字文》且然,況其他乎!
新字:予嘗集諸法帖字,為詩字之不複而多者,莫善於《千字文》。然詩家目前常用之字,猶苦其未備。如天文之「煙霞風雪」,地理之「江山塘岸」,時令之「春霄暁暮」,人物之「翁僧漁樵」,花木之「花柳苔萍」,鳥獣之「蜂蝶鶯燕」,宮室之「台檻軒窗」,器用之「舟船壺杖」,人事之「夢憶愁恨」,衣服之「裙袖錦綺」,飲食之「茶漿飲酌」,身体之「鬚眉韻態」,声色之「紅緑香艶」,文史之「騷賦題吟」,数目之「一三双半」,皆無其字。《千字文》且然,況其他乎!
書き下し
予嘗て諸の法帖の字を集む。詩の字の複ならずして多き者を爲すは、『千字文』より善きは莫し。然れども詩家の目前常用の字は、猶ほ其の未だ備はらざるに苦しむ。天文の「煙霞風雪」、地理の「江山塘岸」、時令の「春霄曉暮」、人物の「翁僧漁樵」、花木の「花柳苔萍」、鳥獸の「蜂蝶鶯燕」、宮室の「臺檻軒窗」、器用の「舟船壺杖」、人事の「夢憶愁恨」、衣服の「裙袖錦綺」、飲食の「茶漿飲酌」、身體の「鬚眉韻態」、聲色の「紅緑香艷」、文史の「騷賦題吟」、數目の「一三雙半」の如きは、皆其の字無し。『千字文』すら且つ然り、況んや其の他をや。
現代語訳
私はかつて諸家の法帖(書の手本)から字を集めて詩を作ろうとしたことがあります。詩に使う字が重複せず、しかも数が多いものとしては、『千字文』に勝るものはありません。けれども詩人がふだん使う字は、やはりそろっていないのが悩みです。天文の「煙霞風雪」、地理の「江山塘岸」、季節の「春霄曉暮」、人物の「翁僧漁樵」、花木の「花柳苔萍」、鳥獣の「蜂蝶鶯燕」、建物の「臺檻軒窗」、道具の「舟船壺杖」、人の営みの「夢憶愁恨」、衣服の「裙袖錦綺」、飲食の「茶漿飲酌」、身体の「鬚眉韻態」、音と色の「紅緑香艷」、文学と歴史の「騷賦題吟」、数の「一三雙半」などは、どれもその字がありません。『千字文』でさえこうなのですから、ましてほかの法帖はなおさらです。
解説

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