幽夢影 / 巻下・一たび仕版に登れば之と相反す
擲「陞官圖」,所重在「德」,所忌在「贓」。何一登仕版,輒與之相反耶?
新字:擲「陞官図」,所重在「徳」,所忌在「贓」。何一登仕版,輒与之相反耶?
書き下し
「陞官圖」を擲つに、重んずる所は「德」に在り、忌む所は「贓」に在り。何ぞ一たび仕版に登れば、輒ち之と相反するや。
現代語訳
「陞官図」(官位昇進のすごろく)で賽を振るとき、重んじられるのは「徳」の目で、忌まれるのは「贓」(賄賂)の目です。それなのに、どうしてひとたび本物の官吏の名簿に載ると、たちまちその反対になってしまうのでしょうか。
解説
子どもの遊びと現実の官界の食い違いを、鋭く突いた一則です。陞官図は、官職を順に並べた盤の上で賽を振って昇進を競う、すごろくのような遊びです。賽の目には徳・才・功・贓などがあり、徳が出れば出世し、贓、つまり収賄が出れば降格や罷免になりました。遊びの世界では清廉が報われるのに、実際に役人になると賄賂が幅をきかせるという矛盾を、張潮は嘆いています。仕版は官吏の名簿のことです。友人の沈契掌は「官の名簿は紙のすごろく盤とは違うのだ」と苦笑しています。子どものころに教わった正しさを、大人の世界でも手放さずにいられるかが問われています。
この章句が説くこと
清廉官界賄賂治政初心
関連する章句
-
『不動智神妙録』諫言 其四 身を正す取ると捨つるとは義を以てすると云へり、唯今寵臣たるにより、諸大名より賄を厚くし、欲に義を忘れ候事、努々不可有候、貴殿乱舞を好み、自身の能に奢り、諸大名衆へ押て参られ、能を勧められ候事、偏に病と存じ候なり、上の唱は猿楽の様に申し候由、また挨拶のよき大名衆をば、御前に於てもつよく御取成しなさるゝ由、重ねて能く能く御思案可然歟、歌に「心こそ心迷はす心なれ心に心心ゆるすな」
-
『秘本玉くしげ』下 賄賂の損得すべて世中に此筋盛んなるゆゑに、おのづから国政正しくは行はれがたく、又上に損失ある事おびただしく、下にも損害甚多し。たとへば、金千両入べきところをも、役人へ三百両賄すれば五百両にてすむゆゑに、下にも二百両の得あれども、上には五百両だけの所の損あり。或は五百両にてすむべき事も、賄をせざれば七百両も八百両も入りて、其二百両三百両は脇道へぬけ行やうの事も有て、上にも利なく、下には大損ありて、あまつさへ上を恨み奉ること甚し。されば、国政の大害、下民の大害、此賄に過たるはなし。
-
『秘本玉くしげ』下 使う者を罰すこれを止る法は、まづ賄を取者を禁むるのみならず、これをつかふ者をきびしくいましめて、何事によらずいささかにても賄をつかふ者相しるるに於ては、急度曲事に申付べしとの旨をつねづねふれおかれて、もし犯す者あらんには、一人二人きびしく答められなどせば、つかふ者は勿論にて、とる人もおのづからきみわろかるべし。上の制禁ならんには、これをつかはぬを怒ることも得せじ。そもそも賄は、つかふ者にはとがなくして、罪は取者にある事なれ共、取者をのみ制しては止がたければ、つかふ者をいましむるも一つの権道なるべきにや。
-
『甲陽軍鑑』品第四十一国の仕置武士までの事にいろはせ給へば、其家老必らず賄賂にふけり、礼物をもつて諸役者に諸奉公人共なるにより、彼役者どもの存分我立身したることわざをば、死するまでもよきことと存ずるに付、いはんや存生さかんの時、我に音信つかふ人をば善悪の弁もなく、これはよき人と存じ、御大将へ出頭よく取成て、礼物つかふ人ばかり立身して本のよき者はおし付られ、心いさむ事なく、さながら其大将へ無沙汰申し、ゆく〳〵用にも立まじきと思ふなり、
-
史記 伍子胥列伝其の後四年、呉王将に北のかた斉を伐たんとす。越王句踐、子貢の謀を用ゐ、乃ち其の衆を率ゐて以て呉を助け、而して重宝を以て太宰嚭に献遺す。太宰嚭既に数々越の賂を受け、其の越を愛信すること殊に甚だしく、日夜呉王の為に言ふ。呉王、嚭の計を信用す。伍子胥諫めて曰く、「夫れ越は腹心の病なり、今其の浮辞詐偽を信じて斉を貪る。斉を破るは、譬へば猶ほ石田のごとし、用ゐる所無し。且つ盤庚の誥に曰く、『顛越不恭有らば、之を劓殄滅し、遺育無からしめ、種を茲の邑に易ふること無からしめよ』と。此れ商の興りし所以なり。願はくは王斉を釈てて越を先にせよ。若し然らずんば、後将に之を悔ゆるも及ぶ無からん」と。而るに呉王聴かず、子胥を斉に使はす。子胥行くに臨み、其の子に謂ひて曰く、「吾数々王を諫むれど、王用ゐず、吾今呉の亡ぶるを見る。汝、呉と倶に亡ぶるは、益無きなり」と。乃ち其の子を斉の鮑牧に属し、還りて呉に報ず。
-
尚書・呂刑獄貨は寶に非ず。