幽夢影 / 巻下・來世托生して絶代の佳人と爲らん
才子遇才子,每有憐才之心;美人遇美人,必無惜美之意。我願來世托生爲絶代佳人,一反其局而後快。
新字:才子遇才子,毎有憐才之心;美人遇美人,必無惜美之意。我願来世托生為絶代佳人,一反其局而後快。
書き下し
才子の才子に遇ふは、每に才を憐むの心有り。美人の美人に遇ふは、必ず美を惜しむの意無し。我願はくは來世托生して絶代の佳人と爲り、一たび其の局を反して而る後に快とせん。
現代語訳
才子が才子に出会うと、いつも相手の才能をいとおしむ心が起こります。美人が美人に出会うと、決して相手の美しさを惜しむ気持ちは起こりません。私は来世に生まれ変わったら絶世の美人になって、この成り行きをひっくり返してみせて、それで溜飲を下げたいものです。
解説
才能ある者どうしと、美しい者どうしの関係の違いを、ユーモラスに語った一則です。才子は互いの才能を認め合い、不遇を惜しむことができるのに、美人どうしは張り合って、相手の美しさをいとおしむことがないと張潮は観察します。そこで、自分が来世に美人に生まれて、美人を心から称える先例を作ってみせたいと言うのです。托生は生まれ変わりのことです。友人の余湘客は「昔にも『私が見てさえいとおしい』と言った例がある」と、美人が美人を認めた故事を持ち出しています。倪永清は「生まれ変わっても忘れないように」と念を押しています。競争相手の優れた点を素直に認めることの難しさと尊さを、軽やかに語った一則です。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
才子佳人嫉妬寛容諧謔
関連する章句
-
『太上感応篇』悪行・他の栄貴を見て、他の流貶を願ふ他の栄貴なるを見ては、他の流貶せられんことを願ふ。他の富有なるを見ては、他の破散せんことを願ふ。他の色の美しきを見ては、心を起して之を私す。他の貨財を負ひては、他の身の死せんことを願ふ。
-
『呻吟語』内篇・修身・真修と語る可し人と為りて善を揚ぐる者の心を復すること無く、惡を稱する者の口を實にすること無くんば、亦た以て真修と語る可し。
-
史記 白起王翦列伝韓・趙恐れ、蘇代をして幣を厚くして秦の相応侯に説かしめて曰く、「武安君は馬服子を禽にせるか」と。曰く、「然り」と。また曰く、「即ち邯鄲を囲まんとするか」と。曰く、「然り」と。「趙亡びば則ち秦王は王たらん、武安君は三公と為らん。武安君の秦の為に戦ひ勝ち攻め取る所の者は七十余城、南のかた鄢・郢・漢中を定め、北のかた趙括の軍を禽にす。周・召・呂望の功と雖もこれに益さず。今、趙亡びて、秦王王たらば、則ち武安君必ず三公と為らん。君能くこれが下と為らんか。これが下と為るを欲すること無しと雖も、固より已むを得ざらん。秦嘗て韓を攻め、邢丘を囲み、上党を困しむ。上党の民皆反りて趙の為にす。天下の秦の民たるを楽しまざるの日久し。今、趙を亡ぼさば、北地は燕に入り、東地は斉に入り、南地は韓・魏に入らん、則ち君の得る所の民は幾何人も亡し。故に因りてこれを割かしめ、以て武安君の功と為すこと無きに如かず」と。是に於いて応侯、秦王に言ひて曰く、「秦の兵労る、請ふ韓・趙の地を割きて以て和するを許し、且つ士卒を休めん」と。王これを聴き、韓の垣雍・趙の六城を割きて以て和す。正月、皆兵を罷む。武安君これを聞き、是に由りて応侯と隙有り。
-
人物志・釋爭前に在る者は然れば之を害せられ、功有る者は人之を毀り、毀敗する者は人之を幸とす。
-
『初学訓』巻之五一人と才能を争ふべからず、人と威勢を争ふべからず、人の才あるを妬むべからず。おのれ立たんとして、人をも立つべし、我のみ立たんとすべからず。心けはしく、人を言ひ貶すは、人をそこなひ、物をやぶるなり。不仁と云ひつべし。
-
史記 司馬穰苴列伝已にして大夫鮑氏・高・国の属之を害み、景公に譖る。景公、穰苴を退く。苴、疾を発して死す。田乞・田豹の徒、此れに由り高・国等を怨む。其の後、田常の簡公を殺すに及び、尽く高子・国子の族を滅ぼす。常の曾孫和に至り、因りて自立して斉の威王と為り、兵を用ゐ威を行ふに、大いに穰苴の法に放ひ、而して諸侯斉に朝す。