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幽夢影 / 巻下・來世托生して絶代の佳人と爲らん

才子遇才子,每有憐才之心;美人遇美人,必無惜美之意。我願來世托生爲絶代佳人,一反其局而後快。

新字:才子遇才子,毎有憐才之心;美人遇美人,必無惜美之意。我願来世托生為絶代佳人,一反其局而後快。

書き下し

才子の才子に遇ふは、每に才を憐むの心有り。美人の美人に遇ふは、必ず美を惜しむの意無し。我願はくは來世托生して絶代の佳人と爲り、一たび其の局を反して而る後に快とせん。

現代語訳

才子が才子に出会うと、いつも相手の才能をいとおしむ心が起こります。美人が美人に出会うと、決して相手の美しさを惜しむ気持ちは起こりません。私は来世に生まれ変わったら絶世の美人になって、この成り行きをひっくり返してみせて、それで溜飲を下げたいものです。

解説

才能ある者どうしと、美しい者どうしの関係の違いを、ユーモラスに語った一則です。才子は互いの才能を認め合い、不遇を惜しむことができるのに、美人どうしは張り合って、相手の美しさをいとおしむことがないと張潮は観察します。そこで、自分が来世に美人に生まれて、美人を心から称える先例を作ってみせたいと言うのです。托生は生まれ変わりのことです。友人の余湘客は「昔にも『私が見てさえいとおしい』と言った例がある」と、美人が美人を認めた故事を持ち出しています。倪永清は「生まれ変わっても忘れないように」と念を押しています。競争相手の優れた点を素直に認めることの難しさと尊さを、軽やかに語った一則です。

この章句が説くこと

才子佳人嫉妬寛容諧謔

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