幽夢影 / 巻下・其の神を以て用ゐらるる者
凡物皆以形用。其以神用者,則鏡也、符印也、日晷也、指南針也。
書き下し
凡そ物は皆形を以て用ゐらる。其の神を以て用ゐらるる者は、則ち鏡なり、符印なり、日晷なり、指南針なり。
現代語訳
およそ物はみな、その形によって役に立ちます。ところが、その目に見えない働きによって役に立つものがあります。それは鏡、割り符や印、日時計、そして羅針盤です。
解説
形ではなく、見えない働きで役立つ道具を四つ挙げた一則です。器は物を入れる形によって、刀は刃の形によって役に立ちます。ところが鏡は映す働きで、割り符や印は照合し証明する働きで、日時計は影の動きで時を示す働きで、羅針盤は南北を指す不思議な働きで役に立ちます。神は、ここでは霊妙な作用のことです。友人の袁中江は「人もみな形によって役立つが、神によって役立つのは聖賢や仙人や仏だ」と、人に当てはめています。黄虞外士は「物の用はみな形だが、そうさせているのは神だ」と一歩深めています。人の値打ちも、目に見える働きだけでなく、その場にいるだけで周りを整えるような働きにあるのかもしれません。
この章句が説くこと
働き道具神妙見方観察
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