幽夢影 / 巻下・古人も亦入聲有るに似たり
古人四聲俱備,如「六」、「國」二字,皆入聲也。今梨園演蘇秦劇,必讀「六」爲「溜」,讀「國」爲「鬼」,從無讀入聲者。然考之《詩經》,如「良馬六之、無衣六兮」之類,皆不與去聲叶,而叶「祝」「告」「燠」;「國」字皆不與上聲叶,而叶入「陌」「質」韻,則是古人似亦有入聲,未必盡讀「六」爲「溜」、讀「國」爲「鬼」也。
新字:古人四声倶備,如「六」、「国」二字,皆入声也。今梨園演蘇秦劇,必読「六」為「溜」,読「国」為「鬼」,従無読入声者。然考之《詩経》,如「良馬六之、無衣六兮」之類,皆不与去声叶,而叶「祝」「告」「燠」;「国」字皆不与上声叶,而叶入「陌」「質」韻,則是古人似亦有入声,未必尽読「六」為「溜」、読「国」為「鬼」也。
書き下し
古人は四聲俱に備はる、「六」「國」の二字の如きは、皆入聲なり。今梨園の蘇秦の劇を演ずるに、必ず「六」を讀みて「溜」と爲し、「國」を讀みて「鬼」と爲し、從來入聲に讀む者無し。然れども之を『詩經』に考ふるに、「良馬六之」「無衣六兮」の類の如きは、皆去聲と叶はずして、「祝」「告」「燠」に叶ふ。「國」の字は皆上聲と叶はずして、「陌」「質」の韻に叶入す。則ち是れ古人も亦入聲有るに似たり、未だ必ずしも盡く「六」を讀みて「溜」と爲し、「國」を讀みて「鬼」と爲さざるなり。
現代語訳
古人の言葉には四声がすべてそろっていて、たとえば「六」と「国」の二字はどちらも入声です。ところが今、芝居で蘇秦(戦国時代の遊説家)の劇を演じるときは、必ず「六」を「溜」と読み、「国」を「鬼」と読み、入声で読む者はいません。けれども『詩経』を調べてみると、「良馬六之」や「無衣六兮」などの「六」は、どれも去声の字と韻を踏まず、「祝」「告」「燠」と韻を踏んでいます。「国」の字もどれも上声の字と韻を踏まず、陌や質の韻に入っています。してみると、古人にもやはり入声があったようで、必ずしも「六」を「溜」、「国」を「鬼」と読んでいたわけではないのです。
解説

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