幽夢影 / 巻下・不潔を變じて至潔と爲す
水爲至污之所會歸,火爲至污之所不到。若變不潔爲至潔,則水火皆然。
新字:水為至汚之所会帰,火為至汚之所不到。若変不潔為至潔,則水火皆然。
書き下し
水は至污の會歸する所爲り、火は至污の到らざる所爲り。若し不潔を變じて至潔と爲すは、則ち水火皆然り。
現代語訳
水は最もけがれたものが流れ集まる所であり、火は最もけがれたものが近づけない所です。けれども、けがれたものを変えて最も清らかなものにする点では、水も火も同じです。
解説
水と火という正反対の性質のものに、共通の働きを見いだした一則です。水は低い所へ流れるので、あらゆる汚れが最後に集まってきます。一方、火は燃えさかって、汚れを寄せつけません。ところが、洗い清める水も、焼き清める火も、汚れたものを清らかなものに変える力を持っている点では変わらないと張潮は言います。汚れを受け入れて清める道と、汚れを退けて清める道の二つがあるということです。友人の江含徴は「世の中には水や火に投じるべきものが少なくない、それは変わることを喜ぶからだ」と評しています。人を育てるときにも、包み込む接し方と厳しく鍛える接し方の両方があると気づかされます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
清濁水火変化修養見方
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