幽夢影 / 巻下・手中の便面を觀て其の人を知る
觀手中便面,足以知其人之雅俗,足以識其人之交遊。
新字:観手中便面,足以知其人之雅俗,足以識其人之交遊。
書き下し
手中の便面を觀れば、以て其の人の雅俗を知るに足り、以て其の人の交遊を識るに足る。
現代語訳
手に持っている扇を見れば、その人が風雅か俗かを知ることができ、その人の交友関係を知ることができます。
解説
持ち物から人柄と交際の範囲を見抜く、鋭い観察の一則です。便面は扇のことで、当時の文人は、友人の書家や画家に書や絵をかいてもらった扇を手にしていました。扇の書画の趣味を見ればその人の雅俗が分かり、誰の筆かを見ればどんな人と付き合っているかが分かるというわけです。友人の李聖許は「今の人は金を払って名人に書画を頼むが、名人はその人と交際などしていない」と、見かけ倒しの場合を指摘しています。畢蝎谷は「金を払ってでも求めるなら、まだ風雅の道が残っている」と取りなしています。身の回りの持ち物は、思っている以上に自分という人間を語ってしまうものです。
この章句が説くこと
交友人物風雅観察持ち物
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