幽夢影 / 巻下・忍びて百に至る
吾家公藝,恃百忍以同居。千古傳爲美談。殊不知忍而至於百,則其家庭乖戾暌隔之處,正未易更僕數也。
新字:吾家公芸,恃百忍以同居。千古伝為美談。殊不知忍而至於百,則其家庭乖戻暌隔之処,正未易更僕数也。
書き下し
吾が家の公藝は、百忍を恃みて以て同居す。千古傳へて美談と爲す。殊に知らず忍びて百に至らば、則ち其の家庭乖戾暌隔の處、正に未だ僕を更へて數へ易からざるを。
現代語訳
わが張家の先人である張公芸(唐の人)は、百回の忍耐によって一族の同居を保ちました。これは永く美談として伝えられています。けれども、忍耐が百回にも及ぶのなら、その家庭のいさかいや心の隔たりは、とても数え切れるものではなかったことに、人々はまるで気づいていません。
解説
名高い美談の裏側を見抜いた、張潮らしい一則です。張公芸は唐の人で、九代にわたる大家族の同居を保ち、高宗にその秘訣を問われて「忍」の字を百余り書いて差し出したと伝えられます。張潮は同じ張姓の先人として敬意を示しつつ、百回も忍ばねばならなかったのなら、家の中は争いと隔たりに満ちていたはずだと指摘します。更僕は、応対の召使いを何度も交代させるほど長くかかるという古い言い回しで、数え切れないことをいいます。友人の江含徴は「それでも忍ぶよりほかに方法はない」と評しています。和やかに見える組織が、誰かの我慢の上に成り立っていないか、考えさせられます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
忍家庭和合家訓張公芸
関連する章句
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『忍経』九世同居張公藝は九世同居す。唐の高宗其の家に臨幸し、本末を問ふ。「忍」の字を書きて以て對ふ。天子流涕し、遂に縑帛を賜ふ。
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『忍経』五世同居張全翁言ふ、潞州に一農夫有り、五世同居す。太宗并州を討ち、其の舍を過ぎ、其の長を召し、之に訊ねて曰く、「若何の道ありて此に至る」と。對へて曰く、「臣他無し、唯だ能く忍ぶのみ」と。太宗以て然りと爲す。
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『幽夢影』巻下・以て難しと爲すべきも法と爲すべからず九世同居は誠に盛事爲り、然れども止だ當に割股・廬墓の者と一例と作して看るべし。以て難しと爲すべきも、以て法と爲すべからざるなり。
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言志四録・言志録 第二百十七条 忍の字は病根を抜かず忍の字は未だ病根を抜き去らず。所謂克伐怨欲行はれざる者なり。張公芸の百忍の字を書せしは、恐らくは俗見ならん。
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『幽夢影』巻下・痛みは忍ぶべくして癢きは忍ぶべからず痛みは忍ぶべくして、癢きは忍ぶべからず。苦きは耐ふべくして、酸きは耐ふべからず。
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『呻吟語』内篇・應務・百忍の圖何ぞ是何ぞ非、何ぞ長何ぞ短、但だ百忍の圖を看よ。喑ならず瞽ならず、痴ならず聾ならずんば、自ら一朝の忿を取らん。