忍経 / 五世同居
張全翁言,潞州有一農夫,五世同居。太宗討并州,過其舍,召其長,訊之曰:「若何道而至此?」對曰:「臣無他,唯能忍爾。」太宗以為然。
新字:張全翁言,潞州有一農夫,五世同居。太宗討并州,過其舎,召其長,訊之曰:「若何道而至此?」対曰:「臣無他,唯能忍爾。」太宗以為然。
書き下し
張全翁言ふ、潞州に一農夫有り、五世同居す。太宗并州を討ち、其の舍を過ぎ、其の長を召し、之に訊ねて曰く、「若何の道ありて此に至る」と。對へて曰く、「臣他無し、唯だ能く忍ぶのみ」と。太宗以て然りと爲す。
現代語訳
張全翁の話では、潞州に一人の農夫がいて、五代の家族がそろって一つの家に暮らしていました。太宗が并州を討伐したとき、その家に立ち寄り、家長を呼び出して「どのような道によって、ここまでになったのか」と尋ねました。家長は「私には他に何もありません。ただ忍ぶことができるだけです」と答えました。太宗はもっともだと思いました。
解説
五代の家族が一つ屋根の下に暮らす大家族について、その秘訣を尋ねられた家長が「ただ忍ぶだけ」と答えた話です。并州を討った太宗とあるので、北漢を攻めた宋の太宗のことと考えられます。次の張公藝の九世同居の話と対になっており、家を保つ要が忍にあることを示しています。世代も考え方も違う人が一緒に暮らせば、ぶつかり合いは避けられません。そこで一人ひとりが少しずつ引くことで、家全体がまとまります。今日の家族は昔ほど大所帯ではありませんが、職場やチームにも同じことが言えます。互いに少しずつ譲り合う習慣が、長く続く集団の土台になるのでしょう。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
忍家族同居和合家訓
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