幽夢影 / 巻下・豈に甘んじて鴉鳴牛喘を作すべけんや
秋蟲春鳥,尚能調聲弄舌,時吐好音。我輩搦管拈毫,豈可甘作鴉鳴牛喘!
新字:秋虫春鳥,尚能調声弄舌,時吐好音。我輩搦管拈毫,豈可甘作鴉鳴牛喘!
書き下し
秋蟲春鳥すら、尚ほ能く聲を調へ舌を弄し、時に好音を吐く。我が輩管を搦り毫を拈る、豈に甘んじて鴉鳴牛喘を作すべけんや。
現代語訳
秋の虫や春の鳥でさえ、声を整え舌を転がして、ときにはよい音色を聞かせてくれます。私たちは筆を執る身です。どうして烏の鳴き声や牛のあえぎのような文章に甘んじていられましょうか。
解説
文章を書く者の心構えを、虫や鳥と比べて奮い立たせた一則です。秋の虫も春の鳥も、それぞれの季節に美しい声を響かせます。搦管拈毫は、筆の軸を握り穂先をつまむこと、つまり筆を執って文章を書くことです。鴉鳴牛喘は、烏のがあがあという鳴き声や牛の荒い息づかいで、耳障りで品のない文章のたとえです。言葉を扱うことを生業とする者が、虫や鳥に劣る音しか出せないのは恥ずかしいことだと、張潮は自分と仲間を戒めています。今日、メールや資料を書くことは多くの人の日常です。一通の文面でも、読む人の耳に心地よく届くように整える意識を持ちたいものです。
この章句が説くこと
文章推敲立志風雅文人
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