幽夢影 / 巻上・方に虛しく此の耳を生ぜず
春聽鳥聲,夏聽蟬聲,秋聽蟲聲,冬聽雪聲。白晝聽棋聲,月下聽簫聲。山中聽松風聲,水際聽欸乃聲。方不虛生此耳。若惡少斥辱、悍妻詬誶,眞不若耳聾也。
新字:春聴鳥声,夏聴蝉声,秋聴虫声,冬聴雪声。白昼聴棋声,月下聴簫声。山中聴松風声,水際聴欸乃声。方不虚生此耳。若悪少斥辱、悍妻詬誶,真不若耳聾也。
書き下し
春は鳥の聲を聽き、夏は蟬の聲を聽き、秋は蟲の聲を聽き、冬は雪の聲を聽く。白晝には棋の聲を聽き、月下には簫の聲を聽く。山中には松風の聲を聽き、水際には欸乃の聲を聽く。方に虛しく此の耳を生ぜず。惡少の斥辱、悍妻の詬誶の若きは、眞に耳聾に若かざるなり。
現代語訳
春は鳥の声を聴き、夏は蟬の声を聴き、秋は虫の声を聴き、冬は雪の降る音を聴きます。昼は碁を打つ音を聴き、月の下では簫(縦笛)の音を聴きます。山の中では松を渡る風の音を聴き、水辺では舟を漕ぐ櫓の音を聴きます。そうしてこそ、この耳を持って生まれた甲斐があるというものです。ならず者の罵りや、気の荒い妻の悪口などは、まったく耳が聞こえないほうがましです。
解説
聴くに値する音を十種並べ、耳を持つ喜びを語った一則です。四季の鳥・蟬・虫・雪から、碁石を置く音、月下の簫、松風、そして欸乃(舟を漕ぐ音や舟歌)まで、どれも静かな音ばかりです。最後に、罵声や口うるさい言葉なら聞こえないほうがよいとひねって落としています。友人の黄仙裳は、これらの音は手に入りやすく、要は聴き取れるかどうかだと評しています。耳は開いていても、何を聴くかを選ばなければ雑音に埋もれます。一日のうちに意識して良い音を聴く時間をつくることは、心を整える手近な方法です。
この章句が説くこと
閑適風雅自然四季音
関連する章句
-
『幽夢影』巻下・水の聲爲る四有り水の聲爲る四有り。瀑布の聲有り、流泉の聲有り、灘の聲有り、溝澮の聲有り。風の聲爲る三有り。松濤の聲有り、秋葉の聲有り、波浪の聲有り。雨の聲爲る二有り。梧蕉荷葉の上の聲有り、簷溜を竹筒の中に承くるの聲有り。
-
『幽夢影』巻上・松下に琴を聽く松下に琴を聽き、月下に簫を聽き、澗邊に瀑布を聽き、山中に梵唄を聽けば、耳中に別に同じからざる有るを覺ゆ。
-
『酔古堂剣掃』集韻・榻は書を翻す聲に宜し窗は竹雨の聲に宜しく、亭は松風の聲に宜しく、幾は硯を洗ふ聲に宜しく、榻は書を翻す聲に宜しく、月は琴の聲に宜しく、雪は茶の聲に宜しく、春は箏の聲に宜しく、秋は笛の聲に宜しく、夜は砧の聲に宜し。
-
『酔古堂剣掃』集韻・琴一曲を操りて之を咻す夏日蟬聲太だ煩はしければ、則ち蕭を弄して其の韻に隨ひて轉じ、秋冬の夜聲寥颯たれば、則ち琴一曲を操りて之を咻す。
-
『酔古堂剣掃』集韻・讀書の聲を最と為す松聲、澗聲、山禽の聲、夜蟲の聲、鶴の聲、琴の聲、棋子の落つる聲、雨の階に滴る聲、雪の窗に灑ぐ聲、茶を煎ずる聲、皆聲の至清なるものにして、讀書の聲を最と為す。
-
『酔古堂剣掃』集綺・賣花聲を第一と爲す聲の韻を論ずる者は、曰く溪聲、澗聲、竹聲、松聲、山禽の聲、幽壑の聲、芭蕉の雨聲、落花の聲、皆天地の清籟、詩壇の鼓吹なり。 然れども銷魂の聽は、當に賣花聲を以て第一と爲すべし。