幽夢影 / 巻下・草木も亦人倫有り
古謂禽獸亦知人倫。予謂匪獨禽獸也,即草木亦復有之。牡丹爲王,芍藥爲相,其君臣也;南山之喬,北山之梓,其父子也;荊之聞分而枯,聞不分而活,其兄弟也;蓮之并蒂,其夫婦也;蘭之同心,其朋友也。
新字:古謂禽獣亦知人倫。予謂匪独禽獣也,即草木亦復有之。牡丹為王,芍薬為相,其君臣也;南山之喬,北山之梓,其父子也;荊之聞分而枯,聞不分而活,其兄弟也;蓮之并蒂,其夫婦也;蘭之同心,其朋友也。
書き下し
古は禽獸も亦人倫を知ると謂ふ。予謂へらく獨り禽獸のみに匪ず、即ち草木も亦復た之有り。牡丹は王爲り、芍藥は相爲り、其れ君臣なり。南山の喬、北山の梓は、其れ父子なり。荊の分つを聞きて枯れ、分たざるを聞きて活くるは、其れ兄弟なり。蓮の并蒂は、其れ夫婦なり。蘭の同心は、其れ朋友なり。
現代語訳
昔から、鳥や獣も人の道をわきまえていると言われます。私は、鳥や獣だけでなく、草木にもそれがあると思います。牡丹が王で芍薬が宰相であるのは、君臣の関係です。南山の喬の木と北山の梓の木は、父子の関係です。紫荊の木が、兄弟が家を分けると聞いて枯れ、分けないと聞いてよみがえったのは、兄弟の関係です。蓮の花が一本の茎に二つ並んで咲くのは、夫婦の関係です。蘭が心を同じくするのは、朋友の関係です。
解説
儒教の五つの人間関係である五倫を、草木の中に見いだしてみせた一則です。牡丹を花の王、芍薬を花の宰相とする呼び名は古くからあります。喬と梓は、高くそびえる木と低くうつむく木を父と子の道にたとえた故事によります。紫荊は、三兄弟が財産を分けようとしたら庭の荊が枯れ、思いとどまると再び茂ったという話で知られます。並蒂蓮は夫婦の和合の象徴、蘭の同心は『易経』の「同心の言は其の臭い蘭の如し」によります。友人の江含徴は「人の道が地に落ちた今は、花木鳥獣の中に求めるほかない」と皮肉っています。身近な自然に人の生き方の手本を探す、昔の人の目の豊かさが感じられます。
この章句が説くこと
人倫草木五倫家族自然
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