幽夢影 / 巻下・讀書を喜ぶ者は忙閒を以て作輟せず
多情者不以生死易心,好飲者不以寒暑改量,喜讀書者不以忙閒作輟。
新字:多情者不以生死易心,好飲者不以寒暑改量,喜読書者不以忙閒作輟。
書き下し
多情なる者は生死を以て心を易へず、飲を好む者は寒暑を以て量を改めず、讀書を喜ぶ者は忙閒を以て作輟せず。
現代語訳
情の深い人は、生きるか死ぬかで心を変えません。酒好きな人は、寒さ暑さで飲む量を変えません。読書を好む人は、忙しいか暇かで読んだりやめたりしません。
解説
本物の愛好とは、状況に左右されない一貫性にあると説いた三段の対句です。作輟は、始めたりやめたりすることです。本当に情の深い人は、相手が亡くなっても思いを変えず、本当の酒好きは季節を問わず同じように飲みます。同じように、本当に読書を好む人は、忙しいからといって本を手放すことはありません。暇なときだけ読む人は、読書が好きなのではなく暇つぶしをしているにすぎないというわけです。友人の朱其恭は「この三つはみな心斎自身の姿を写したものだ」と評しています。忙しさを理由にやめてしまうことがあるなら、それは本当に好きなことかどうか、問い直すきっかけになります。
この章句が説くこと
読書継続情学問立志
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