幽夢影 / 巻下・樂有りて享くるを知らざる者
有山林隱逸之樂而不知享者,漁樵也、農圃也、緇黃也;有園亭姬妾之樂,而不能享、不善享者,富商也、大僚也。
新字:有山林隠逸之楽而不知享者,漁樵也、農圃也、緇黄也;有園亭姫妾之楽,而不能享、不善享者,富商也、大僚也。
書き下し
山林隱逸の樂有りて享くるを知らざる者は、漁樵なり、農圃なり、緇黃なり。園亭姬妾の樂有りて、享くる能はず、善く享けざる者は、富商なり、大僚なり。
現代語訳
山林に隠れ住む楽しみを持ちながら、それを味わうことを知らないのは、漁師や木こり、農夫や園丁、僧侶や道士です。庭園や側室を持つ楽しみがありながら、それを味わえない、うまく味わえないのは、豪商や高官です。
解説
楽しみの条件を持ちながら、それを楽しめない人々を二組に分けて描いた一則です。緇黄は、黒い衣の僧と黄色い冠の道士を指します。漁師や農夫、出家者は、文人があこがれる山水の中に暮らしながら、日々の生業や修行に追われて、その風雅を味わう余裕も関心もありません。反対に、豪商や高官は立派な庭園などを手にしながら、忙しさや俗な心のために、それを楽しむことができません。楽しみは持ち物ではなく、味わう心の側にあるということです。友人で弟の張木山は「珍味を持ちながら味わえないのは料理人、書物を持ちながら読めないのは紙魚と本屋だ」と続けています。
この章句が説くこと
閑適隠逸享受足る処世
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