幽夢影 / 巻下・詩詞を以て心と爲す
所謂美人者:以花爲貌,以鳥爲聲,以月爲神,以柳爲態,以玉爲骨,以冰雪爲膚,以秋水爲姿,以詩詞爲心。吾無間然矣。
新字:所謂美人者:以花為貌,以鳥為声,以月為神,以柳為態,以玉為骨,以冰雪為膚,以秋水為姿,以詩詞為心。吾無間然矣。
書き下し
所謂美人なる者は、花を以て貌と爲し、鳥を以て聲と爲し、月を以て神と爲し、柳を以て態と爲し、玉を以て骨と爲し、冰雪を以て膚と爲し、秋水を以て姿と爲し、詩詞を以て心と爲す。吾間然する無し。
現代語訳
いわゆる美しい人とは、花のような顔立ち、鳥のような声、月のような気品、柳のような身のこなし、玉のような骨格、氷雪のような肌、秋の澄んだ水のような姿をして、詩詞を心とする人のことです。これなら私には何も言うことがありません。
解説
理想の美しい人を、自然の美しいものを次々に重ねて描いた一則です。花・鳥・月・柳・玉・氷雪・秋水と、どれも詩文で美人を形容する定番の比喩ですが、最後に「詩詞を以て心と為す」と結ぶところに張潮の本領があります。外見の美しさを並べ立てた末に、決め手は詩を解する心だと言うのです。間然する無しは『論語』で孔子が禹王を評した言葉で、非の打ち所がないという意味です。友人の黄交三は「美人を論じて詩詞を心とするとは、まことに聞いたことがない」と感心しています。人の魅力の最後の決め手が、内面の教養や感受性にあるという見方は、今も通じるものがあります。
この章句が説くこと
美人風雅詩詞教養情
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