幽夢影 / 巻下・和靖の梅妻鶴子を羨む
妻子頗足累人,羨和靖梅妻鶴子;奴婢亦能供職,喜志和樵婢漁奴。
書き下し
妻子は頗る人を累はすに足る、和靖の梅妻鶴子を羨む。奴婢も亦能く職に供す、志和の樵婢漁奴を喜ぶ。
現代語訳
妻子はずいぶんと人の重荷になるものですから、林和靖(宋の隠者林逋)が梅を妻とし鶴を子としたのがうらやましく思われます。召使いもまたよく務めを果たすものですから、張志和(唐の詩人)が樵青という女中と漁童という下男を従えていたのを好ましく思います。
解説
二人の隠者の故事を対にして、理想の暮らしを語った一則です。林逋は北宋の詩人で、西湖の孤山に隠れ住み、妻を娶らず梅を植え鶴を飼って、梅妻鶴子と呼ばれました。張志和は唐の詩人で、漁父の詞で知られ、賜った男女の召使いに漁童と樵青という名をつけたと伝えられます。家族のしがらみからは離れたいが、身の回りの世話をする者はいてほしいという、いささか虫のよい願いにも見えます。友人の尤悔菴は「梅妻鶴子、樵婢漁童は見事な対句で、人生の家族はこれで足りる」と評しています。俗事を離れつつ暮らしを整えるという文人の夢が、正直に語られています。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
隠逸林逋張志和閑適家族
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