幽夢影 / 巻下・梅は人をして高からしむ
梅令人高,蘭令人幽,菊令人野,蓮令人淡,春海棠令人艷,牡丹令人豪,蕉與竹令人韻,秋海棠令人媚,松令人逸,桐令人淸,柳令人感。
新字:梅令人高,蘭令人幽,菊令人野,蓮令人淡,春海棠令人艶,牡丹令人豪,蕉与竹令人韻,秋海棠令人媚,松令人逸,桐令人清,柳令人感。
書き下し
梅は人をして高からしめ、蘭は人をして幽ならしめ、菊は人をして野ならしめ、蓮は人をして淡ならしめ、春海棠は人をして艷ならしめ、牡丹は人をして豪ならしめ、蕉と竹とは人をして韻あらしめ、秋海棠は人をして媚ならしめ、松は人をして逸ならしめ、桐は人をして淸からしめ、柳は人をして感ぜしむ。
現代語訳
梅は人を気高くし、蘭は人を奥ゆかしくし、菊は人を素朴にし、蓮は人を淡泊にし、春の海棠は人を華やかにし、牡丹は人を豪放にし、芭蕉と竹は人を風雅にし、秋の海棠は人をなまめかしくし、松は人を超然とさせ、桐は人を清らかにし、柳は人を感傷的にします。
解説
草木それぞれが人の心にもたらす気分を、一字ずつで言い当てた一則です。寒さの中で咲く梅は高潔、谷間の蘭は幽玄、陶淵明が愛した菊は野趣、泥から出て染まらない蓮は淡泊と、どれも文人の伝統的な見立てを踏まえています。柳を感とするのは、昔から別れの折に柳の枝を手向けたことによるのでしょう。友人の尤謹庸は「才気あふれる艶やかな文で、『群芳譜』に採り入れるべきだ」と評しています。身の回りに何を置くかで心持ちは変わります。部屋に一鉢の植物を置くとき、どんな気分で過ごしたいかから選んでみるのも楽しい工夫です。
この章句が説くこと
草木風雅自然感性花
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