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幽夢影 / 巻上・天下に一人の知己有らば

天下有一人知己,可以不恨。不獨人也,物亦有之。如菊以淵明爲知己,梅以和靖爲知己,竹以子猷爲知己,蓮以濂溪爲知己,桃以避秦人爲知己,杏以董奉爲知己,石以米顛爲知己,荔枝以太眞爲知己,茶以盧仝、陸羽爲知己,香草以靈均爲知己,鱸以季鷹爲知己,蕉以懷素爲知己,瓜以邵平爲知己,鷄以處宗爲知己,鵝以右軍爲知己,鼓以禰衡爲知己,琵琶以明妃爲知己。一與之訂,千秋不移。若松之於秦始、鶴之於衞懿,正所謂不可與作緣者也。

新字:天下有一人知己,可以不恨。不独人也,物亦有之。如菊以淵明為知己,梅以和靖為知己,竹以子猷為知己,蓮以濂渓為知己,桃以避秦人為知己,杏以董奉為知己,石以米顛為知己,荔枝以太真為知己,茶以盧仝、陸羽為知己,香草以霊均為知己,鱸以季鷹為知己,蕉以懐素為知己,瓜以邵平為知己,鶏以処宗為知己,鵝以右軍為知己,鼓以祢衡為知己,琵琶以明妃為知己。一与之訂,千秋不移。若松之於秦始、鶴之於衛懿,正所謂不可与作縁者也。

書き下し

天下に一人の己を知るもの有らば、以て恨みざるべし。獨り人のみならず、物も亦之有り。菊は淵明を以て知己と爲し、梅は和靖を以て知己と爲し、竹は子猷を以て知己と爲し、蓮は濂溪を以て知己と爲し、桃は避秦人を以て知己と爲し、杏は董奉を以て知己と爲し、石は米顛を以て知己と爲し、荔枝は太眞を以て知己と爲し、茶は盧仝・陸羽を以て知己と爲し、香草は靈均を以て知己と爲し、鱸は季鷹を以て知己と爲し、蕉は懷素を以て知己と爲し、瓜は邵平を以て知己と爲し、鷄は處宗を以て知己と爲し、鵝は右軍を以て知己と爲し、鼓は禰衡を以て知己と爲し、琵琶は明妃を以て知己と爲すが如し。一たび之と訂すれば、千秋移らず。松の秦始に於ける、鶴の衞懿に於けるが若きは、正に所謂與に緣を作すべからざる者なり。

現代語訳

天下に一人でも自分を理解してくれる人がいれば、恨みはありません。人だけでなく、物にもそういう相手がいます。たとえば菊は陶淵明を、梅は林和靖(宋の林逋)を、竹は王子猷(晋の王徽之)を、蓮は周濂渓(宋の周敦頤)を、桃は秦の乱を避けた桃源郷の人々を、杏は董奉(三国呉の名医)を、石は米顛(宋の米芾)を、荔枝は楊太真(楊貴妃)を、茶は盧仝と陸羽を、香草は霊均(屈原)を、鱸は張季鷹(晋の張翰)を、芭蕉は懐素(唐の書僧)を、瓜は邵平(秦の東陵侯)を、鶏は宋処宗(晋の人)を、鵞鳥は王右軍(王羲之)を、鼓は禰衡(後漢の文人)を、琵琶は明妃(王昭君)を、それぞれ知己としています。一度その縁が結ばれれば、千年たっても変わりません。松にとっての秦の始皇帝、鶴にとっての衛の懿公のようなものは、まさに縁を結んではならない相手というものです。

解説

知己、つまり自分を本当にわかってくれる相手を、人と物の両方にわたって並べた一則です。菊を愛した陶淵明、梅を妻とした林逋、蓮を君子にたとえた周敦頤など、どれも物の良さを見抜いた人物です。反対に、雨宿りした松に爵位を与えた始皇帝や、鶴を車に乗せて国を危うくした衛の懿公は、物を飾りとして扱っただけで知己ではないとされます。友人の張竹坡は、人の中に知己がなくて物に求めるのは、物には幸いでも人には不幸だと評しています。自分が好きなものを本当に理解しているか、ただ持っているだけかを考えさせられます。

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