幽夢影 / 巻上・花の目に宜しく復た鼻に宜しき者
花之宜於目而復宜於鼻香,梅也、菊也、蘭也、水仙也、珠蘭也、蓮也。止宜於鼻者,櫞也、桂也、瑞香也、梔子也、茉莉也、木香也、玫瑰也、臘梅也。餘則皆宜於目者也。花與葉俱可觀者,秋海棠爲最,荷次之。海棠、酴醾、虞美人、水仙,又次之。葉勝於花者,止鴈來紅、美人蕉而已。花與葉俱不足觀者,紫薇也、辛夷也。
新字:花之宜於目而復宜於鼻香,梅也、菊也、蘭也、水仙也、珠蘭也、蓮也。止宜於鼻者,櫞也、桂也、瑞香也、梔子也、茉莉也、木香也、玫瑰也、臘梅也。余則皆宜於目者也。花与葉倶可観者,秋海棠為最,荷次之。海棠、酴醾、虞美人、水仙,又次之。葉勝於花者,止鴈来紅、美人蕉而已。花与葉倶不足観者,紫薇也、辛夷也。
書き下し
花の目に宜しく復た鼻の香に宜しきは、梅なり、菊なり、蘭なり、水仙なり、珠蘭なり、蓮なり。止だ鼻に宜しき者は、櫞なり、桂なり、瑞香なり、梔子なり、茉莉なり、木香なり、玫瑰なり、臘梅なり。餘は則ち皆目に宜しき者なり。花と葉と俱に觀るべき者は、秋海棠を最と爲し、荷之に次ぐ。海棠・酴醾・虞美人・水仙は、又之に次ぐ。葉の花に勝る者は、止だ鴈來紅・美人蕉のみ。花と葉と俱に觀るに足らざる者は、紫薇なり、辛夷なり。
現代語訳
花のうち、目に美しく、しかも鼻に香りも良いものは、梅、菊、蘭、水仙、珠蘭(ちゃらん)、蓮です。鼻にだけ良いものは、香櫞(まるぶしゅかん)、木犀、瑞香(沈丁花)、梔子、茉莉(ジャスミン)、木香(もっこうばら)、玫瑰(はまなす)、臘梅です。それ以外はみな目に良いだけのものです。花も葉もどちらも見るに値するものは、秋海棠が第一で、蓮がその次です。海棠、酴醾(ときんいばら)、虞美人(ひなげし)、水仙がさらにその次です。葉が花に勝っているものは、雁来紅(はげいとう)と美人蕉(だんどく)だけです。花も葉もどちらも見るに足りないものは、紫薇(さるすべり)と辛夷(こぶし)です。
解説

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『幽夢影』巻下・梅は人をして高からしむ梅は人をして高からしめ、蘭は人をして幽ならしめ、菊は人をして野ならしめ、蓮は人をして淡ならしめ、春海棠は人をして艷ならしめ、牡丹は人をして豪ならしめ、蕉と竹とは人をして韻あらしめ、秋海棠は人をして媚ならしめ、松は人をして逸ならしめ、桐は人をして淸からしめ、柳は人をして感ぜしむ。
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