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幽夢影 / 巻下・月は以て燈に當つべし

酒可以當茶,茶不可以當酒;詩可以當文,文不可以當詩;曲可以當詞,詞不可以當曲;月可以當燈,燈不可以當月;筆可以當口,口不可以當筆;婢可以當奴,奴不可以當婢。

新字:酒可以当茶,茶不可以当酒;詩可以当文,文不可以当詩;曲可以当詞,詞不可以当曲;月可以当灯,灯不可以当月;筆可以当口,口不可以当筆;婢可以当奴,奴不可以当婢。

書き下し

酒は以て茶に當つべきも、茶は以て酒に當つべからず。詩は以て文に當つべきも、文は以て詩に當つべからず。曲は以て詞に當つべきも、詞は以て曲に當つべからず。月は以て燈に當つべきも、燈は以て月に當つべからず。筆は以て口に當つべきも、口は以て筆に當つべからず。婢は以て奴に當つべきも、奴は以て婢に當つべからず。

現代語訳

酒は茶の代わりになりますが、茶は酒の代わりになりません。詩は文の代わりになりますが、文は詩の代わりになりません。曲は詞の代わりになりますが、詞は曲の代わりになりません。月は灯火の代わりになりますが、灯火は月の代わりになりません。筆は口の代わりになりますが、口は筆の代わりになりません。女中は下男の代わりになりますが、下男は女中の代わりになりません。

解説

似た二つのものを並べ、一方は他方の代わりになるが逆はできない、という六組の対比を連ねた一則です。曲は元代以降の歌曲、詞は宋代に栄えた歌の文学で、曲のほうが自由な形式を持ちます。月は灯りの役を果たせても、灯火に月の風情は出せません。筆は口で言うことを代わりに伝えられますが、口で書き物の代わりは務まりません。友人の張竹坡は「代わりになるほうは相手の持つものを持ち、代わりになれないほうは相手だけが持つものを欠いている」と、この則の理屈をうまくまとめています。仕事でも、どの役割が他を兼ねられ、どれが代わりのきかないものかを見分けることは大切です。

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