幽夢影 / 巻下・字と畫とは同じく一原より出づ
字與畫同出一原。觀六書始於象形,則可知已。
新字:字与画同出一原。観六書始於象形,則可知已。
書き下し
字と畫とは同じく一原より出づ。六書の象形に始まるを觀れば、則ち知るべきのみ。
現代語訳
文字と絵画とは、同じ一つの源から出ています。漢字の成り立ちを示す六書が、まず物の形をかたどる象形から始まっていることを見れば、それが分かるでしょう。
解説
文字と絵の根が一つであることを、漢字の成り立ちから説いた一則です。六書は漢字の作り方と使い方を六つに分けた古い分類で、象形・指事・会意・形声・転注・仮借をいいます。その筆頭の象形は、日や月や山の形をそのまま線で描いたもので、まさに絵から字が生まれたことを示しています。中国で「書画同源」と言われる考え方を、張潮は簡潔に言い当てています。友人の江含徴は「絵にできない字もあるから、画の六法を使わざるを得ない」と、六書と画法の六法をかけてしゃれています。文字を読むとき、その奥にある形を思い浮かべると、漢字がぐっと親しく感じられるはずです。
この章句が説くこと
書画六書象形風雅学問
関連する章句
-
人物志・體別夫れ學は材を成す所以なり、疏は情を推す所以なり。偏材の性は、移轉すべからず。
-
言志四録・南洲手抄学之を古訓に稽へ、問之を師友に質すは、人皆之を知る。学必ず之を躬に学び、問必ず諸を心に問ふは、其れ幾人有らんか。
-
言志四録・南洲手抄朝にして食はずば、昼にして饑う。少うして学ばずば、壮にして惑ふ。饑うるは猶忍ぶ可し、惑ふは奈何ともす可からず。
-
歎異抄・第十二条経釈を読み学せざる輩、往生不定の由のこと。この条、すこぶる不足言の義と言いつべし。 他力真実の旨を明かせる諸の聖教は、本願を信じ念仏を申さば仏に成る、そのほか何の学問かは往生の要なるべきや。 まことにこの理に迷えらん人は、いかにもいかにも学問して、本願の旨を知るべきなり。 経釈を読み学すといえども、聖教の本意を心得ざる条、もっとも不便のことなり。
-
論語・為政篇子曰く、異端を攻むるは、斯れ害のみ。
-
説苑・建本子思曰わく、学は才を益す所以なり、礪は刃を致す所以なり。吾嘗て幽処して深く思うも、学の速やかなるに若かず。吾嘗て跂ちて望むも、高きに登りて博く見るに若かず。故に風に順いて呼べば、声疾しきを加えざれども聞く者衆し。丘に登りて招けば、臂長きを加えざれども見る者遠し。故に魚は水に乗り、鳥は風に乗り、草木は時に乗る。