幽夢影 / 巻下・字畫を觀るも古人を尚友す
不獨誦其詩、讀其書,是尚友古人;即觀其字畫,亦是尚友古人處。
新字:不独誦其詩、読其書,是尚友古人;即観其字画,亦是尚友古人処。
書き下し
獨り其の詩を誦し、其の書を讀むのみ、是れ古人を尚友するに非ず。即ち其の字畫を觀るも、亦是れ古人を尚友する處なり。
現代語訳
その詩を口ずさみ、その書物を読むことだけが、古人を友とすることではありません。その人の書いた字や絵を見ることもまた、古人を友とすることなのです。
解説
『孟子』の「尚友」を踏まえて、その範囲を書画にまで広げた一則です。孟子は、その人の詩を唱え書物を読むだけでなく、その人がどんな時代に生きたかを考えることが、古人を友とすることだと説きました。張潮はこれに、筆跡や絵を眺めることも加えます。字の勢いや線の震えには、文章からは分からない書き手の息づかいが残っているからです。友人の張竹坡は「字画の中の古人を友とできれば、あの世の人々もみな感激して泣くだろう」と評しています。本だけでなく、直筆の手紙や作品に触れると、遠い人が急に身近に感じられることがあります。
この章句が説くこと
尚友書画古人読書風雅
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