幽夢影 / 巻下・讀書は刻ならざるべからず
凡事不宜刻,若讀書則不可不刻;凡事不宜貪,若買書則不可不貪;凡事不宜癡,若行善則不可不癡。
新字:凡事不宜刻,若読書則不可不刻;凡事不宜貪,若買書則不可不貪;凡事不宜痴,若行善則不可不痴。
書き下し
凡そ事は刻なるに宜しからず、讀書の若きは則ち刻ならざるべからず。凡そ事は貪るに宜しからず、書を買ふが若きは則ち貪らざるべからず。凡そ事は癡なるに宜しからず、善を行ふが若きは則ち癡ならざるべからず。
現代語訳
どんなことでも厳しすぎるのはよくありませんが、読書だけは厳しく突き詰めなければなりません。どんなことでも欲張るのはよくありませんが、本を買うことだけは欲張らなければなりません。どんなことでも愚直すぎるのはよくありませんが、善い行いだけは愚直でなければなりません。
解説
ふだんは戒めとされる三つの性質を、ここだけは例外として勧める三段の対句です。刻は厳しく細かいこと、貪は欲張ること、癡は損得を忘れて打ち込むことです。人づきあいでは欠点になるこれらが、読書・買書・行善では美徳に変わります。一般の戒めを踏まえたうえで、そのひっくり返し方に張潮らしい機知があります。友人の余淡心は「読の字を取って、書を刻む(出版する)ことを私に勧めてほしい」としゃれ、楊聖藻は「善を行って愚直でないなら、それは名声を求めているのだ」と評しています。同じ性質でも、向ける先によって長所にも短所にもなると気づかされます。
この章句が説くこと
読書行善修身学問痴
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