幽夢影 / 巻上・入聲の屬すべき所
「屋」、「沃」内如「禿」、「獨」、「鵠」、「束」等字,乃「魚」、「虞」韻内「都」、「圖」等字之入聲;「卜」、「木」、「六」、「僕」等字,乃五「歌」部之入聲;「玉」、「菊」、「獄」、「育」等字,乃「尤」部之入聲;三「覺」、十「藥」,當屬於「蕭」、「肴」、「豪」;「質」、「錫」、「職」、「緝」,當屬於「支」、「微」、「齊」。「質」内之「橘」、「卒」,「物」内之「鬱」、「屈」,當屬於「虞」、「魚」;「物」内之「勿」、「物」等音,無平上去者也;「訖」、「乞」等,四「支」之入聲也。「陌」部乃「佳」、「灰」之半,「開」、「來」等字之入聲也。「月」部之「月」、「厥」、「謁」等及「屑」、「葉」二部,古無平上去,而今則爲中州韻内「車」、「遮」諸字之入聲也。「伐」、「髮」等字及「曷」部之「括」、「适」及八「黠」全部,又十五「合」内諸字,又十七「洽」全部,皆六「麻」之入聲也。「曷」内之「撮」、「闊」等字,「合」部之「合」、「盒」數字,皆無平上去者也。若以「緝」、「合」、「葉」、「洽」爲閉口韻,則止當謂之無平上去之寡婦,而不當調之以「侵」、「寢」。「緝」、「咸」、「喊」、「陷」、「洽」也。)
新字:「屋」、「沃」内如「禿」、「独」、「鵠」、「束」等字,乃「魚」、「虞」韻内「都」、「図」等字之入声;「卜」、「木」、「六」、「僕」等字,乃五「歌」部之入声;「玉」、「菊」、「獄」、「育」等字,乃「尤」部之入声;三「覚」、十「薬」,当属於「蕭」、「肴」、「豪」;「質」、「錫」、「職」、「緝」,当属於「支」、「微」、「斉」。「質」内之「橘」、「卒」,「物」内之「鬱」、「屈」,当属於「虞」、「魚」;「物」内之「勿」、「物」等音,無平上去者也;「訖」、「乞」等,四「支」之入声也。「陌」部乃「佳」、「灰」之半,「開」、「来」等字之入声也。「月」部之「月」、「厥」、「謁」等及「屑」、「葉」二部,古無平上去,而今則為中州韻内「車」、「遮」諸字之入声也。「伐」、「髪」等字及「曷」部之「括」、「适」及八「黠」全部,又十五「合」内諸字,又十七「洽」全部,皆六「麻」之入声也。「曷」内之「撮」、「闊」等字,「合」部之「合」、「盒」数字,皆無平上去者也。若以「緝」、「合」、「葉」、「洽」為閉口韻,則止当謂之無平上去之寡婦,而不当調之以「侵」、「寝」。「緝」、「咸」、「喊」、「陥」、「洽」也。)
書き下し
「屋」「沃」の内の「禿」「獨」「鵠」「束」等の字の如きは、乃ち「魚」「虞」の韻の内の「都」「圖」等の字の入聲なり。「卜」「木」「六」「僕」等の字は、乃ち五「歌」部の入聲なり。「玉」「菊」「獄」「育」等の字は、乃ち「尤」部の入聲なり。三「覺」・十「藥」は、當に「蕭」「肴」「豪」に屬すべし。「質」「錫」「職」「緝」は、當に「支」「微」「齊」に屬すべし。「質」の内の「橘」「卒」、「物」の内の「鬱」「屈」は、當に「虞」「魚」に屬すべし。「物」の内の「勿」「物」等の音は、平上去無き者なり。「訖」「乞」等は、四「支」の入聲なり。「陌」部は乃ち「佳」「灰」の半ば、「開」「來」等の字の入聲なり。「月」部の「月」「厥」「謁」等及び「屑」「葉」の二部は、古は平上去無く、而して今は則ち中州韻の内の「車」「遮」諸字の入聲爲り。「伐」「髮」等の字及び「曷」部の「括」「适」及び八「黠」の全部、又十五「合」の内の諸字、又十七「洽」の全部は、皆六「麻」の入聲なり。「曷」の内の「撮」「闊」等の字、「合」部の「合」「盒」の數字は、皆平上去無き者なり。若し「緝」「合」「葉」「洽」を以て閉口韻と爲さば、則ち止だ當に之を平上去無きの寡婦と謂ふべくして、當に之を調ふるに「侵」「寢」「緝」、「咸」「喊」「陷」「洽」を以てすべからざるなり。)
現代語訳
屋韻・沃韻の中の「禿」「独」「鵠」「束」などの字は、魚韻・虞韻の中の「都」「図」などの字の入声です。「卜」「木」「六」「僕」などの字は、五歌部の入声です。「玉」「菊」「獄」「育」などの字は、尤部の入声です。三覚と十薬は、蕭・肴・豪の韻に属させるべきです。質・錫・職・緝の韻は、支・微・斉の韻に属させるべきです。質韻の中の「橘」「卒」、物韻の中の「鬱」「屈」は、虞・魚の韻に属させるべきです。物韻の中の「勿」「物」などの音は、平上去のないものです。「訖」「乞」などは、四支の入声です。陌部は佳韻・灰韻の半分、つまり「開」「来」などの字の入声です。月部の「月」「厥」「謁」など、および屑・葉の二部は、昔は平上去がありませんでしたが、今は中州韻の中の「車」「遮」などの字の入声になっています。「伐」「髪」などの字、曷部の「括」「适」、八黠の全部、さらに十五合の中の諸字、また十七洽の全部は、どれも六麻の入声です。曷韻の中の「撮」「闊」などの字、合部の「合」「盒」などの数字は、どれも平上去のないものです。もし緝・合・葉・洽を閉口韻とするなら、平上去を持たない未亡人と言うべきであって、「侵・寝・緝」や「咸・喊・陥・洽」のように四声を組ませるべきではありません。)
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
うひ山ぶみ・第二段又上は六国史其外の古書をはじめ、後世の書共まで、いづれのすぢによるともなくて、まなぶもあり、此すぢの中にも、猶分ていはば、しなじな有べし、
-
人物志・體別夫れ學は材を成す所以なり、疏は情を推す所以なり。偏材の性は、移轉すべからず。
-
言志四録・南洲手抄朝にして食はずば、昼にして饑う。少うして学ばずば、壮にして惑ふ。饑うるは猶忍ぶ可し、惑ふは奈何ともす可からず。
-
論語・為政篇子曰く、異端を攻むるは、斯れ害のみ。
-
言志四録・南洲手抄学之を古訓に稽へ、問之を師友に質すは、人皆之を知る。学必ず之を躬に学び、問必ず諸を心に問ふは、其れ幾人有らんか。
-
歎異抄・第十二条経釈を読み学せざる輩、往生不定の由のこと。この条、すこぶる不足言の義と言いつべし。 他力真実の旨を明かせる諸の聖教は、本願を信じ念仏を申さば仏に成る、そのほか何の学問かは往生の要なるべきや。 まことにこの理に迷えらん人は、いかにもいかにも学問して、本願の旨を知るべきなり。 経釈を読み学すといえども、聖教の本意を心得ざる条、もっとも不便のことなり。