うひ山ぶみ / 第二段
又上は六國史其外の古書をはじめ、後世の書共まで、いづれのすぢによるともなくて、まなぶもあり、此すぢの中にも、猶分ていはば、しなじな有べし、
新字:又上は六国史其外の古書をはじめ、後世の書共まで、いづれのすぢによるともなくて、まなぶもあり、此すぢの中にも、猶分ていはば、しなじな有べし、
書き下し
又上は六国史其外の古書をはじめ、後世の書共まで、いづれのすぢによるともなくて、まなぶもあり、此すぢの中にも、猶分ていはば、しなじな有べし、
現代語訳
また、上は六国史やそのほかの古書をはじめ、後世の書物まで、どの分野によるということもなく学ぶ者もある。この筋の中にも、なお細かく分ければ、さまざまな種類があるだろう。
解説
前段で神学・有識の学を挙げたのに続いて、特定の分野に属さず古書全般を広く読む学び方を挙げる。宣長の分類は、体系的に整理された学問の見取り図ではなく、当時実際に行われていた学びの形を並べたものである。「なお細かく分ければさまざまあるだろう」と言い添えるあたりに、分類を精密にすること自体が目的ではないという構えが出ている。境界を厳密に定めるより、どんな学び方が現に存在するかを見せることを優先している。現代でも、学びの世界は資格や学問領域できれいに区切れるものではなく、どこにも属さない読み方をしている人は多い。宣長はそれも一つの筋として数えている。
この章句が説くこと
学問分野古書六国史読書分類
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