格言聯璧 / 接物類・緘默の人は吾師として神を存す
明通之人,吾師以生慧。質樸之人,吾師以藏拙。 才智之人,吾師以應變。緘默之人,吾師以存神。 謙恭善下之人,吾師以親師友。 博學強識之人,吾師以廣見聞。
新字:明通之人,吾師以生慧。質樸之人,吾師以蔵拙。 才智之人,吾師以応変。緘黙之人,吾師以存神。 謙恭善下之人,吾師以親師友。 博学強識之人,吾師以広見聞。
書き下し
明通の人は、吾師として以て慧を生ず。質樸の人は、吾師として以て拙を藏す。 才智の人は、吾師として以て變に應ず。緘默の人は、吾師として以て神を存す。 謙恭にして善く下る人は、吾師として以て師友に親しむ。 博學強識の人は、吾師として以て見聞を廣む。
現代語訳
物事に明るく通じた人を、私は師として知恵を生みます。飾り気のない素朴な人を、私は師として拙さを内に隠します。 才知のある人を、私は師として変化に応じます。口数の少ない人を、私は師として精神を保ちます。 へりくだって人の下に立てる人を、私は師として師や友に親しみます。 博学で記憶の強い人を、私は師として見聞を広めます。
解説
前の単位に続き、周りの人の長所を師とする句を重ねます。明通な人から知恵を、質朴な人から拙を隠すことを、才知の人から臨機応変を、寡黙な人から精神の保ち方を学ぶと並べます。拙を蔵すとは、自分の未熟さをひけらかさず、内に収めておくことです。緘黙な人から神を存することを学ぶというのは、言葉を慎むことで心の力が散らずに保たれる、という考えによります。謙恭な人からは師友との付き合い方を、博学な人からは見聞の広げ方を学ぶと結びます。全部で十の型が挙がりますが、どれも一人に全部を求めてはいません。それぞれの人から一つずつ学ぶと決めれば、周りの誰もが先生になり、人付き合いそのものが修養の場になります。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
師友学問謙虚接物修養
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