酔古堂剣掃 / 集醒・寸積銖累して自ら富翁と成る
能受善言,如市人求利,寸積銖累,自成富翁。
書き下し
能く善言を受くるは、市人の利を求むるが如し、寸積銖累して、自ら富翁と成る。
現代語訳
善い言葉をよく受け入れることは、商人が利益を求めるのと同じようなものです。わずかずつでも積み重ねていけば、自然と大金持ちになります。
解説
人からの善い助言を受け入れることを、商人の蓄財にたとえた一則です。寸積銖累は、一寸ずつ、一銖ずつ積み重ねることで、銖はごく軽い重さの単位です。商人はどんなに小さな利益も見逃さず、それをこつこつと積み上げて富を築きます。同じように、人からの一言の助言も、素直に受け止めて身につけていけば、やがて大きな徳や知恵の蓄えになるというのです。助言を受けたとき、つい言い訳をしたり、聞き流したりしがちです。しかし一つの助言を一つの小銭と思えば、捨てるのはもったいないと感じるでしょう。人の言葉を貯金するような気持ちで受け止める人が、長い目で見て大きく成長するのだと思います。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
忠言傾聴謙虚学問積善
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