幽夢影 / 巻上・百年の計は松を種う
一日之計種蕉;一歳之計種竹;十年之計種柳;百年之計種松。
書き下し
一日の計は蕉を種ゑ、一歳の計は竹を種ゑ、十年の計は柳を種ゑ、百年の計は松を種う。
現代語訳
一日の計画なら芭蕉を植え、一年の計画なら竹を植え、十年の計画なら柳を植え、百年の計画なら松を植えます。
解説
植物の育つ速さに合わせて、見通しの長さを言い分けた一則です。芭蕉は成長が速く、植えればすぐに大きな葉を広げます。竹は一年のうちに伸びて林になり、柳は十年ほどで大きな木陰をつくります。松は育つのが遅く、百年たってようやく見事な枝ぶりになります。管子にある、一年の計は穀を植えるにしかず、十年の計は木を植えるにしかず、終身の計は人を植えるにしかずという言葉を、庭づくりに移したような趣があります。友人の周星遠は、千年の計は書を著すことだろうかと言い、張竹坡は、百世の計は徳を植えることだと締めくくっています。すぐ結果の出ることと、長く育てることの両方を持っていたいものです。
この章句が説くこと
立志自然長期育成園芸
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