墨子 / 非樂上
是故子墨子曰:今天下士君子,請将欲求興天下之利,除天下之害,當在樂之為物,将不可不禁而止也。
新字:是故子墨子曰:今天下士君子,請将欲求興天下之利,除天下之害,当在楽之為物,将不可不禁而止也。
書き下し
是の故に子墨子曰く、今、天下の士君子、請に将に天下の利を興し、天下の害を除かんことを求め欲せば、當に樂の物為るに在りては、将に禁じて止めざる可からざるなり。
現代語訳
だから墨子が言った。いま天下の士君子が、本当に天下の利を起こし天下の害を除こうと望むなら、音楽というものについては、禁じ止めないわけにいかない。
解説
非樂篇の結びです。この主張は後世、荀子の「楽論」に正面から反駁され、儒家との対立点の一つになりました。墨子の論は、限られた資源をどこに向けるかという配分の議論としては筋が通っていますが、文化が長期に何を生むかを計算に入れていません。師導ではこの主張を削らずに収めています。反対の立場から読むためにも、原文が要るからです。
この章句が説くこと
非楽配分長期反論文化
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