論語 / 衛霊公篇
子曰:「人無遠慮,必有近憂。」
書き下し
子曰く、人遠き慮り無ければ、必ず近き憂い有り。
現代語訳
先生がおっしゃった。「人は遠い先を考えていなければ、必ず近いところで憂いが生じる。」
解説
わずか十字の箴言である。遠い先を考えないことと、近い憂いが生じることを、因果で結んでいる。単に将来に備えよという話ではない。目先の問題が次々に起きるのは、遠くを見ていないからだ、という診断になっている。この因果は実感しやすい。日々の火消しに追われている組織は、たいてい中長期の設計を持っていない。設計が無いから、その場しのぎの対応を重ね、その対応が次の問題を生む。逆に、遠い目標が定まっていれば、目先の判断の多くは自動的に決まる。やらないことが決まるからだ。近い憂いを減らす方法は、憂いに一つずつ対処することではなく、遠くを見ることである。忙しいときほど遠くを見る時間が削られ、削るほど忙しくなる。この循環をどこで断つかが問われる。
この章句が説くこと
遠慮近憂長期悪循環設計
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