幽夢影 / 巻上・此れ友道の貴ぶべき所以なり
雲映日而成霞,泉挂巖而成瀑。所托者異,而名亦因之。此友道之所以可貴也。
書き下し
雲は日に映じて霞と成り、泉は巖に挂かりて瀑と成る。托する所の者異なりて、名も亦之に因る。此れ友道の貴ぶべき所以なり。
現代語訳
雲は日の光に照らされて霞(朝焼けや夕焼け)となり、泉は岩にかかって滝となります。身を寄せる相手が違うと、名前までそれによって変わります。これこそ、友との交わりが貴い理由です。
解説
何と結びつくかによって、同じものが別の名を得ることから、友の大切さを説いた一則です。ただの雲も日の光を受ければ美しい霞となり、ただの泉も岩の崖にかかれば滝と呼ばれます。雲や泉そのものは変わらないのに、寄り添う相手によって姿も名も変わるのです。人も同じで、誰と交わるかによって、その人の現れ方や評価が大きく変わるというわけです。友人の張竹坡は、日でなければ雲は映えず、岩でなければ泉はかからない、だから友は選ばなければならないのだと、裏側から言い直しています。自分の力を引き出してくれる人と出会えることは、人生の大きな幸運です。
この章句が説くこと
交友自然友道縁成長
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