幽夢影 / 巻上・之を兼ぬる者は其れ惟だ蓮か
凡花色之嬌媚者,多不甚香;瓣之千層者,多不結實。甚矣全才之難也。兼之者,其惟蓮乎?
新字:凡花色之嬌媚者,多不甚香;瓣之千層者,多不結実。甚矣全才之難也。兼之者,其惟蓮乎?
書き下し
凡そ花色の嬌媚なる者は、多く甚だしくは香らず。瓣の千層なる者は、多く實を結ばず。甚だしいかな全才の難きや。之を兼ぬる者は、其れ惟だ蓮か。
現代語訳
およそ花の色がなまめかしく美しいものは、たいていあまり香りません。花びらが幾重にも重なるものは、たいてい実を結びません。すべてを兼ね備えることの、なんと難しいことでしょう。それらを兼ね備えているものは、ただ蓮だけでしょうか。
解説
花の長所と短所から、すべてを兼ね備えることのむずかしさを語った一則です。色の華やかな花は香りが乏しく、八重咲きの花は実を結ばないことが多いと言います。そのうえで、花の色も香りも良く、実の蓮の実や根の蓮根まで役に立つ蓮を、全才を兼ねたものとして挙げています。宋の周敦頤が愛蓮説で蓮を花の君子と称えたことも背景にあります。友人の貫玉は、蓮の花は散りやすく、全才があっても全福はないと言い、尤謹庸は、全才は必ず人にねたまれるから蓮は君子と名づけられたのだと添えています。何でもできる人は少ないからこそ、自分の強みと弱みを知って人と補い合うことが大切です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
修身才能君子蓮自然
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