幽夢影 / 巻上・春雨は恩詔の如し
春雨如恩詔,夏雨如赦書,秋雨如輓歌。
書き下し
春雨は恩詔の如く、夏雨は赦書の如く、秋雨は輓歌の如し。
現代語訳
春の雨は天子の恵みの詔のようであり、夏の雨は罪を許す赦免の文書のようであり、秋の雨は死者を送る挽歌のようです。
解説
季節の雨を、朝廷の文書と葬送の歌にたとえた一則です。春の雨は万物を潤し芽吹かせるので、民に恩恵を施す詔のようです。夏の雨は炎暑からの解放なので、罪人を許す赦書のようにありがたいものです。秋の雨は草木を枯らし寂しさを誘うので、死者を悼む挽歌のように聞こえます。同じ雨でも季節によって受け取り方がまるで違うことを、鮮やかに言い分けています。友人の張諧石は、自分たちは年中腹を空かせているので夏の雨が饅頭ならよいのにとおどけ、張竹坡は赦書も多すぎるとよくないと皮肉っています。同じ出来事も、受け取る側の状況で恵みにも悲しみにもなります。
この章句が説くこと
四季自然風雅雨比喩
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