戦国策 / 謂公叔曰乘舟
謂公叔曰:「乘舟,舟漏而弗塞,則舟沉矣。塞漏舟,而輕陽侯之波,則舟覆矣。今公自以辯於薛公而輕秦,是塞漏舟而輕陽侯之波也,願公之察也。」
新字:謂公叔曰:「乗舟,舟漏而弗塞,則舟沉矣。塞漏舟,而軽陽侯之波,則舟覆矣。今公自以弁於薛公而軽秦,是塞漏舟而軽陽侯之波也,願公之察也。」
書き下し
公叔に謂いて曰く、「舟に乘るに、舟漏れて塞がざれば、則ち舟沈まん。漏舟を塞ぎて、陽侯の波を輕んずれば、則ち舟覆らん。今公自ら薛公に辯ずるを以て秦を輕んずるは、是れ漏舟を塞ぎて陽侯の波を輕んずるなり、願わくは公之を察せよ。」
現代語訳
ある人が公叔に言った。「舟に乗っていて、水漏れがあるのにそれを塞がなければ、舟は沈んでしまいます。しかし水漏れを塞いだからといって、大波(陽侯の波)を軽んじれば、今度は舟がひっくり返ってしまいます。今あなたは、薛公(斉の孟嘗君)との弁舌のやり取りに気を取られて秦への備えを軽んじていますが、これはまさに水漏れは塞いだのに大波を軽んじているようなものです。どうかよくお考えください。」
解説
この章は、目の前の小さな危機(水漏れ=薛公との外交問題)への対処にばかり気を取られ、より根本的で大きな脅威(大波=秦の圧力)への備えを怠ることを戒める比喩です。一つの問題が片付いたからといって安心してしまい、次に控えるより大きなリスクを見落とすという失敗は、個人でも組織でも起こりがちです。危機管理においては、目先の火消しに成功した直後こそ、視野を広げて次にどんなリスクが控えているかを再点検する姿勢が欠かせないという、シンプルながら普遍的な教訓を伝えています。
この章句が説くこと
比喩危機管理秦への備え薛公
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