幽夢影 / 巻上・其の製日に工みに其の價日に賤し
天下器玩之類,其製日工,其價日賤,毋惑乎民之貧也。
新字:天下器玩之類,其製日工,其価日賤,毋惑乎民之貧也。
書き下し
天下の器玩の類、其の製日に工みに、其の價日に賤し、民の貧しきを惑ふこと毋かれ。
現代語訳
世の中の器物や玩具のたぐいは、その作りは日ごとに精巧になり、その値段は日ごとに安くなっています。民が貧しいのも不思議ではありません。
解説
物の値打ちと作り手の暮らしの関係を鋭く突いた一則です。道具や工芸品の作りがどんどん精巧になるのに、値段はどんどん下がっていくのは、作り手が安い手間賃で腕をふるうしかないからです。張潮はそこに、民の貧しさの原因を見ています。器玩は日用の器や飾り物、玩具のことです。友人の張竹坡は、民が貧しいからこそますます精巧になり、ますます安くなるのであって、貧しくなければどうして安く売ろうとするだろうかと、因果を逆から説いています。良いものが安く手に入る陰に、誰の暮らしがあるのかを思うことは、今の買い物や価格づけにも通じる問いです。
この章句が説くこと
治政経済勤労民生価格
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