論語 / 子路篇
子適衞,冉有僕。子曰:「庶矣哉!」冉有曰:「既庶矣,又何加焉?」曰:「富之。」曰:「既富矣,又何加焉?」曰:「教之。」
新字:子適衛,冉有僕。子曰:「庶矣哉!」冉有曰:「既庶矣,又何加焉?」曰:「富之。」曰:「既富矣,又何加焉?」曰:「教之。」
書き下し
子、衛に適く。冉有僕たり。子曰く、「庶きかな。」冉有曰く、「既に庶し。又何をか焉に加えん。」曰く、「之を富まさん。」曰く、「既に富めり。又何をか焉に加えん。」曰く、「之を教えん。」
現代語訳
先生が衛に行かれたとき、冉有が車を御していた。先生は「人が多いなあ」とおっしゃった。冉有が言った。「すでに人が多いなら、次に何を加えますか。」「豊かにする。」「すでに豊かなら、次に何を加えますか。」「教育する。」
解説
国づくりの順序が三段で示されている。人を集める、豊かにする、教える。この順番が重要である。教育を最後に置いたことに、孔子の現実感覚が出ている。食えていない人に道を説いても届かない。まず生活が成り立ち、それから教育が意味を持つ。理想主義者と見られがちな孔子が、経済を教育の前に置いた点は記憶しておいてよい。同時に、豊かさで止めなかったことも大事だ。豊かになった先に何を加えるかと問われて、教育と答えた。富だけでは次の世代に続かないという判断である。組織の成長でも同じ順序が使える。人を集め、待遇を整え、それから育成に投資する。順序を飛ばして育成から始めると定着せず、豊かさで止まると次が育たない。
この章句が説くこと
庶富教順序経済教育国づくり
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