学問のすゝめ / 十二編・人の品行は高尚ならざるべからざるの論・さすがに武勇なる兵士も貧乏に制せられて
しかるに方今この二大国の有様を見るに、インドはすでに英国の所領に帰してその人民は英政府の奴隷に異ならず、今のインド人の業はただ阿片を作りて支那人を毒殺し、ひとり英商をしてその間に毒薬売買の利を得せしむるのみ。トルコの政府も名は独立と言うといえども、商売の権は英仏の人に占められ、自由貿易の功徳をもって国の物産は日に衰微し、機を織る者もなく、器械を製する者もなく、額に汗して土地を耕すか、または手を袖にしていたずらに日月を消するのみにて、いっさいの製作品は英仏の輸入を仰ぎ、また国の経済を治むるに由なく、さすがに武勇なる兵士も貧乏に制せられて用をなさずと言う。
書き下し
しかるに方今この二大国の有様を見るに、インドはすでに英国の所領に帰してその人民は英政府の奴隷に異ならず、今のインド人の業はただ阿片を作りて支那人を毒殺し、ひとり英商をしてその間に毒薬売買の利を得せしむるのみ。トルコの政府も名は独立と言うといえども、商売の権は英仏の人に占められ、自由貿易の功徳をもって国の物産は日に衰微し、機を織る者もなく、器械を製する者もなく、額に汗して土地を耕すか、または手を袖にしていたずらに日月を消するのみにて、いっさいの製作品は英仏の輸入を仰ぎ、また国の経済を治むるに由なく、さすがに武勇なる兵士も貧乏に制せられて用をなさずと言う。
現代語訳
ところが今この二大国のありさまを見ると、インドはすでにイギリスの領土となり、その人民はイギリス政府の奴隷と変わりません。今のインド人の仕事は、ただ阿片を作って中国人を毒殺し、ひとりイギリス商人にその間の毒薬売買の利を得させるだけです。トルコの政府も名は独立と言いますが、商売の権はイギリスとフランスの人に占められ、自由貿易の恩恵によって国の産物は日に日に衰え、機を織る者もなく、器械を作る者もなく、額に汗して土地を耕すか、または手を袖にしていたずらに月日を過ごすだけで、いっさいの製作品はイギリスとフランスの輸入を仰ぎ、また国の経済を治めるすべもなく、さすがに武勇な兵士も貧乏に制されて役に立たないと言います。
解説
この章句が説くこと
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『武士道』第六章 禮儀・優美とは動作の最も経済的なる方法けだし儀礼は、一の結果を得んが為、多年の実験より生じたる最も適切なる方式なり。ここに一事あり、之を為すに、必ずや最良の方法なるものなくんばあらず。而して其の最良の方法は、最も経済に合して、又た最も優美なるものならざるべからず。スペンサー氏は優美の定義を下して、動作の最も経済的なる方法と云ふ。茶道の法とは、茶碗、茶匙、帛紗等を用ふるの定式なり。其法たる、初心の輩には或は倦厭を来すべしと雖、少しく斯道に入らば、直ちに此れぞ時間と労力との最も節約を得たるものなることを知らん。換言せば、此定式は即ち力の利用の最も経済的なるものにして、スペンサーの定理に従へば、最も優美なるものなり。社交的礼法の裏に含蓄せしめたる精神的旨義、即ち『衣服哲学』の用語を借りて云へば、礼儀作法を以て単に外部を被ふの衣服とせる精神修養の功徳は、其外見の示す所に勝りて逈かに大なるものあり。
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孫子・作戦篇孫子曰く、凡そ兵を用うるの法は、馳車千駟、革車千乗、帯甲十万、千里に糧を饋る。則ち内外の費、賓客の用、膠漆の材、車甲の奉、日に千金を費やし、然る後に十万の師挙がるなり。
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二宮翁夜話・巻之四翁(おきな)曰(いわ)く、経済に天下の経済あり、一国一藩(いっぱん)の経済あり、一家又同じ。各々異にして、同日の論にあらず。何となれば、博奕(ばくえき)をなすも娼妓屋(しょうぎや)をなすも、一家一身上に取りては、皆経済と思ふなるべし。然れ共政府是(これ)を禁じ、猥(みだ)りに許さゞるは、国家に害あればなり。此(か)くの如きは、経済とは云ふべからず。眼前一己(いっこ)の利益のみを見て、後世の如何を見ず、他の為をも顧(かえり)みざるものなればなり。諸藩にても、駅宿に娼妓を許して、藩中と領中の者、是に戯(たわむ)るるを厳禁す。是一藩の経済なり。此くの如くせざれば、我が大切なる一藩と、領中の風儀を害すればなり。米沢藩にては、年少し凶なれば、酒造を半に減じ、大に凶なれば、厳禁にし、且(か)つ他邦より輸入をも許さず、大豆違作なれば、豆腐(とうふ)をも禁ずと聞けり。是自国の金を、他に出さゞるの策にして、則(すなわ)ち一国の経済なり。夫(そ)れ天下の経済は此くの如くならずして、公明正大ならずばあるべからず。大学に、国は利を以て利とせず、義を以て利となす、とあり。是をこそ、国家経済の格言と云ふべけれ。農商一家の経済にも、必ず此の意を忘るゝ事勿(なか)れ。世間富有者たるもの知らずばあるべからず。
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論語・子路篇子、衛に適く。冉有僕たり。子曰く、「庶きかな。」冉有曰く、「既に庶し。又何をか焉に加えん。」曰く、「之を富まさん。」曰く、「既に富めり。又何をか焉に加えん。」曰く、「之を教えん。」
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