二宮翁夜話 / 巻之四
翁曰、経済に天下の経済あり、一国一藩の経済あり、一家又同じ、各々異にして、同日の論にあらず、何となれば、博奕をなすも娼妓屋をなすも、一家一身上に取ては、皆経済と思ふなるべし、然れ共政府是を禁じ、猥に許さゞるは、国家に害あればなり、此の如きは、経済とは云べからず、眼前一己の利益のみを見て、後世の如何を見ず、他の為をも顧ざるものなればなり、諸藩にても、駅宿に娼妓を許して、藩中と領中の者、是に戯るるを厳禁す、是一藩の経済なり、此の如くせざれば、我が大切なる一藩と、領中の風儀を害すればなり、米沢藩にては、年少し凶なれば、酒造を半に減じ、大に凶なれば、厳禁にし、且他邦より輸入をも許さず、大豆違作なれば、豆腐をも禁ずと聞けり、是自国の金を、他に出さゞるの策にして、則一国の経済なり、夫天下の経済は此の如くならずして、公明正大ならずばあるべからず、大学に、国は利を以て利とせず、義を以て利となす、とあり、是をこそ、国家経済の格言と云べけれ、農商一家の経済にも、必此意を忘るゝ事勿れ、世間富有者たるものしらずばあるべからず。
書き下し
翁(おきな)曰(いわ)く、経済に天下の経済あり、一国一藩(いっぱん)の経済あり、一家又同じ。各々異にして、同日の論にあらず。何となれば、博奕(ばくえき)をなすも娼妓屋(しょうぎや)をなすも、一家一身上に取りては、皆経済と思ふなるべし。然れ共政府是(これ)を禁じ、猥(みだ)りに許さゞるは、国家に害あればなり。此(か)くの如きは、経済とは云ふべからず。眼前一己(いっこ)の利益のみを見て、後世の如何を見ず、他の為をも顧(かえり)みざるものなればなり。諸藩にても、駅宿に娼妓を許して、藩中と領中の者、是に戯(たわむ)るるを厳禁す。是一藩の経済なり。此くの如くせざれば、我が大切なる一藩と、領中の風儀を害すればなり。米沢藩にては、年少し凶なれば、酒造を半に減じ、大に凶なれば、厳禁にし、且(か)つ他邦より輸入をも許さず、大豆違作なれば、豆腐(とうふ)をも禁ずと聞けり。是自国の金を、他に出さゞるの策にして、則(すなわ)ち一国の経済なり。夫(そ)れ天下の経済は此くの如くならずして、公明正大ならずばあるべからず。大学に、国は利を以て利とせず、義を以て利となす、とあり。是をこそ、国家経済の格言と云ふべけれ。農商一家の経済にも、必ず此の意を忘るゝ事勿(なか)れ。世間富有者たるもの知らずばあるべからず。
現代語訳
翁が言われた。経済には天下の経済があり、一国一藩の経済があり、一家の経済もまた同じで、それぞれ次元が異なり、一様には論じられない。なぜなら、博打を開くのも遊女屋を営むのも、一家一身にとってはみな経済(金儲け)だと思うだろう。しかし政府がこれを禁じ、みだりに許さないのは、国家に害があるからだ。こういうものは経済とは言えない。目先の自分だけの利益しか見ず、後世への影響を考えず、他人のためも顧みないものだからである。諸藩でも、宿場に遊女を置くことを許しても、藩内・領内の者がそれに戯れることは厳禁する。これが一藩の経済だ。そうしなければ、大切な藩と領内の風儀が損なわれるからである。米沢藩では、少し凶作なら酒造りを半分に減らし、大凶作なら全面禁止し、他国からの輸入も許さず、大豆が不作なら豆腐まで禁じると聞く。これは自国の金を外へ出さない策であり、すなわち一国の経済だ。そもそも天下の経済はこうであってはならず、公明正大でなければならない。『大学』に「国は利を利とせず、義を利とする」とある。これこそ国家経済の格言というべきだ。農商・一家の経済でも、必ずこの意を忘れてはならない。世の富める者は知らずにいてはならない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『新論』國體下今夫れ天下米穀の賤くして貨幣の乏しきを患ふ。米穀乃ち賤きに非ざるなり、貨幣乃ち乏しきに非ざるなり、而して百物の甚だ貴きなり。設し斗米の価銀五銭にして、一衣裘も亦五銭ならしめば、則ち斗米以て一衣裘に易ふべし。今木綿の裘と雖も、六七斗を鬻ぐに非ざれば則ち其の直を償ふ能はず。是れ衣裘の貴きにして、穀の賤きに非ざるなり。穀なる者は取りて以て腹に充つるのみ。之を銷すこと限り有り。百物は新を競ひ奇を闘はせ、愈々出でて愈々窮まり無し。乃ち一婦の首飾にして中農一家の産に当たるに至る。銷すこと限り有る者を以てして、愈々出でて窮まり無き者を逐ふ。百物の皆貴き所以にして、米穀の独り賤き所以なり。
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『新論』國體下夫れ天下の米穀未だ嘗て多からざるなり。而して甚だ多きが如き者は、其の勢之をして然らしむるのみ。凡そ物散じて之を各所に蔵すれば、其の数多しと雖も、未だ其の甚だ多きを見ること有らず。聚めて之を一所に陳ぬれば、寡しと雖も亦猶多きがごとし。是れ自然の勢なり。故に一石の米を家に蔵するは、未だ以て多しと為すに足らざるも、万家にして之を鬻ぎ、万石を市に陳ぬれば、未だ嘗て視て以て夥しと為さずんばあらず。而して武士都城に聚処し、終歳の俸を尽くして、以て口腹に奉じ婦女を悦ばしめ、甲兵を繕ひ徒卒を養ふを得ず。故に米穀家に蔵せず、挙げて之を市に鬻ぐ。農民困乏して奢惰なるも、亦歳収を挙げて之を鬻ぐ。鬻ぐ所愈々多ければ、則ち米価愈々賤し。賤しければ則ち其の鬻ぐこと多からざるを得ず。之を鬻ぐこと愈々多くして、直を得ること旧に益さず。是を以て民流亡して地余り有り。地余り有りて租賦減ぜず。其の税其の鬻、一家の産を傾くと雖も、猶且つ足らず。故に之を鬻ぐこと日に多くして、天下の穀日に耗る。天下の穀日に耗りて、都会の穀日に盈つ。都会の盈つるを見れば、則ち天下の虚知るべきなり。
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『新論』國體下且つ夫れ都会も亦多く無用の穀を儲ふる能はず。故に都会の穀と雖も、亦以て都会の人を食はしめて稍余り有るに過ぎざるのみ。其の実は甚だしくは多からざるなり。凡そ盈縮の数、其の実は甚だしくは相遠からずして、其の勢は相霄壌たるが如き者有り。之を啖ひて飽く者に譬ふ。既に腹に充つれば、稍一分を多くすれば、則ち甚だ余り有るが如し。未だ飽くに及ばざれば、一分を少なくすれば、則ち大いに足らざるが如し。是れ其の過不及の差為ること眇少なるのみ。然れども其の足らざる者を取りて、之を余り有る者に比すれば、盈虚の相去ること、大いに相懸たるが如き者は勢なり。故に曰く、天下の穀未だ嘗て多からず、而して都会の穀も亦未だ甚だしくは多からざるなりと。
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『新論』國體下古者百事簡易にして、四民勤動し、其の営求する所の者は、功を通じ事を易ふるに過ぎず。之を生ずること甚だ広くして、用途甚だ狭し。朝廷漸く奢靡を尚ぶに及び、国家の用を貶して、以て婦女の玩好に供し、異化の徒横肆して、天下の財を傾けて、以て堂宇を造り、天下の穀を糜して、以て浮冗を食はしむ。藤氏権を専らにして、権勢の家、私儲を営み私人を蓄へ、荘園天下に遍く、其の正税を出だして以て王事に供する者幾ばくも無し。而して権勢の私人、所謂守護地頭なる者、又財穀を私儲して富厚世を累ね、国郡に拠有して、天下の富遂に武人に移る。然れども兵なる者は民社を鎮むる所以なり。天下の武士各々私卒を養ふ、亦未だ冗食と為さず。故に古者天下乱ると雖も、而も未だ甚だしくは貧に苦しまざるなり。今天下治平にして、上下皇皇として、唯だ貧を是れ患ふる者は何ぞや。天下の財を理むること其の道を得ざればなり。
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『新論』國體下夫れ武人土を離るれば、其の勢多く卒を養ふを得ず。故に間民を市井に雇ひて、以て騶従に充て工役に供す。間民都城に充斥し、緩急用ゐるべからずして、坐して粱肉に飽く。其の冗為るや大なり。天下の仏寺殆ど五十万、僧尼及び奴隷を通計すれば、其の幾百万なるを知らず。(唐の傅奕高祖に上書して言ふ、僧尼をして匹配せしめば、即ち十余万戸と云云。武宗仏寺を廃し、其の上都及び東都は二寺を留め、節鎮は各々一寺を留め、寺四千六百余区、招提蘭若四万余区を毀ち、僧尼の帰俗する者二十六万五百人、良田数千万頃、奴婢十五万人を収む。之に拠れば則ち唐国の土地の大にして、其の仏寺の多き、神州の十分の一に及ばず。然るに時人尚ほ以て夥しと為す。則ち神州の仏寺も亦盛んなりと謂ふべし。)
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『新論』國體下凡そ天下の物偏重有れば、則ち其の軽からざる者も亦猶軽きがごとし。故に百物の偏重にして、貨幣の偏軽、百物の偏貴にして、米穀の偏賤なる、是れ其の勢の尤も見易き者なり。而して武士都会に聚処し、終歳用ゐる所、一毫と雖も市に資らざるを得ず。愈々賤き穀を以て、愈々軽き金に易へ、愈々軽き金を以て、愈々貴き物を償ふ。其の費固より給せず。而して其の養ふ所の倍卒も、亦皆奢侈に習ひ、養ふに薄俸を以てすべからず。陪卒を罷めて歳々奴隷を買ふ。(俚語に所謂年季なる者是れなり。)奴隷も亦奢り、亦多く之を畜ふを得ず。故に時に臨みて之を市井に傭ふ。市井も亦奢り、雇銭日に貴く、亦其の給し難きを患ふ。而して其の居家の冗費、妻妾の奉、玩好の用、日に一日より厚く、終歳の入、出づる所を償はず。富人に就きて乞貸し、習ひて以て俗を成す。邦を有ち土を有つと雖も、亦富民に仰給せざる莫し。豪姦大猾、貨財の権を操り、王公を股掌の上に愚弄す。是に於てか天下の富遂に市人に帰す。

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