学問のすゝめ / 初編・人間普通日用に近き実学
されば今、かかる実なき学問はまず次にし、もっぱら勤むべきは人間普通日用に近き実学なり。譬えば、いろは四十七文字を習い、手紙の文言、帳合いの仕方、算盤の稽古、天秤の取扱い等を心得、なおまた進んで学ぶべき箇条ははなはだ多し。地理学とは日本国中はもちろん世界万国の風土道案内なり。究理学とは天地万物の性質を見て、その働きを知る学問なり。歴史とは年代記のくわしきものにて万国古今の有様を詮索する書物なり。経済学とは一身一家の世帯より天下の世帯を説きたるものなり。修身学とは身の行ないを修め、人に交わり、この世を渡るべき天然の道理を述べたるものなり。
書き下し
されば今、かかる実なき学問はまず次にし、もっぱら勤むべきは人間普通日用に近き実学なり。譬えば、いろは四十七文字を習い、手紙の文言、帳合いの仕方、算盤の稽古、天秤の取扱い等を心得、なおまた進んで学ぶべき箇条ははなはだ多し。地理学とは日本国中はもちろん世界万国の風土道案内なり。究理学とは天地万物の性質を見て、その働きを知る学問なり。歴史とは年代記のくわしきものにて、万国古今の有様を詮索する書物なり。経済学とは一身一家の世帯より天下の世帯を説きたるものなり。修身学とは身の行ないを修め、人に交わり、この世を渡るべき天然の道理を述べたるものなり。
現代語訳
ですから今、そのような実のない学問はまず後回しにして、もっぱら励むべきは、人が普段の日常に近いところで使う実学です。たとえば、いろは四十七文字を習い、手紙の書き方、帳簿のつけ方、そろばんの稽古、天秤の扱い方などを心得ること。さらに進んで学ぶべき項目は非常に多くあります。地理学とは日本国内はもちろん世界各国の風土の案内です。究理学とは天地万物の性質を見てその働きを知る学問です。歴史とは年代記を詳しくしたもので、世界の古今の有様を調べる書物です。経済学とは一人の身、一つの家のやりくりから天下のやりくりまでを説いたものです。修身学とは身の行いを整え、人と交わり、この世を渡るべき自然の道理を述べたものです。
解説
実学の中身が具体的に列挙されます。文字、手紙、帳簿、そろばん、天秤。まず生活の技術から始まり、そこから地理、物理、歴史、経済、道徳へ広がる。順序が下から上へ組まれているのが特徴で、高尚なものから入らせません。どの学問も一行で定義されているのも親切で、読者に見取り図を渡そうという意図がはっきりしています。
この章句が説くこと
実学技術地理経済修身
関連する章句
-
孫子・行軍篇故に兵は益々多きを貴ぶに非ざるなり。惟だ武進する無く、以て力を併せ、敵を料り、人を取るに足るのみ。夫れ惟だ慮り無くして敵を易る者は、必ず人に擒らわる。
-
孫子・始計篇地とは、高下・遠近・険易・広狭・死生なり。
-
孫子・地形篇我出でて不利、彼出でて不利なるを、支と曰う。支形は、敵我を利すと雖も、我出づる無きなり。引きて之を去り、敵をして半ば出でしめて之を撃てば、利あり。
-
『武士道』第六章 禮儀・優美とは動作の最も経済的なる方法けだし儀礼は、一の結果を得んが為、多年の実験より生じたる最も適切なる方式なり。ここに一事あり、之を為すに、必ずや最良の方法なるものなくんばあらず。而して其の最良の方法は、最も経済に合して、又た最も優美なるものならざるべからず。スペンサー氏は優美の定義を下して、動作の最も経済的なる方法と云ふ。茶道の法とは、茶碗、茶匙、帛紗等を用ふるの定式なり。其法たる、初心の輩には或は倦厭を来すべしと雖、少しく斯道に入らば、直ちに此れぞ時間と労力との最も節約を得たるものなることを知らん。換言せば、此定式は即ち力の利用の最も経済的なるものにして、スペンサーの定理に従へば、最も優美なるものなり。社交的礼法の裏に含蓄せしめたる精神的旨義、即ち『衣服哲学』の用語を借りて云へば、礼儀作法を以て単に外部を被ふの衣服とせる精神修養の功徳は、其外見の示す所に勝りて逈かに大なるものあり。
-
孫子・作戦篇孫子曰く、凡そ兵を用うるの法は、馳車千駟、革車千乗、帯甲十万、千里に糧を饋る。則ち内外の費、賓客の用、膠漆の材、車甲の奉、日に千金を費やし、然る後に十万の師挙がるなり。
-
『茶の本』第三章 道教と禅道・揚子江と黄河まず第一に記憶すべきは、道教はその正統の継承者禅道と同じく、南方シナ精神の個人的傾向を表わしていて、儒教という姿で現われている北方シナの社会的思想とは対比的に相違があるということである。中国はその広漠たることヨーロッパに比すべく、これを貫流する二大水系によって分かたれた固有の特質を備えている。揚子江と黄河はそれぞれ地中海とバルト海である。幾世紀の統一を経た今日でも、南方シナはその思想、信仰が北方の同胞と異なること、ラテン民族がチュートン民族とこれを異にすると同様である。古代交通が今日よりもなおいっそう困難であった時代、特に封建時代においては、思想上のこの差異はことに著しいものであった。一方の美術、詩歌の表わす気分は他方のものと全く異なったものである。老子とその徒および揚子江畔自然詩人の先駆者屈原の思想は、同時代北方作家の無趣味な道徳思想とは全く相容れない一種の理想主義である。老子は西暦紀元前四世紀の人である。