酔古堂剣掃 / 集綺・花中の十友
昔人有花中十友:桂為仙友,蓮為凈友,梅為清友,菊為逸友,海棠名友,荼蘼韻友,瑞香殊友,芝蘭芳友,臘梅奇友,梔子禪友。昔人有禽中五客:鷗為閑客,鶴為仙客,鷺為雪客,孔雀南客,鸚鵡隴客。會花鳥之情,真是天趣活潑。
新字:昔人有花中十友:桂為仙友,蓮為浄友,梅為清友,菊為逸友,海棠名友,荼蘼韻友,瑞香殊友,芝蘭芳友,臘梅奇友,梔子禅友。昔人有禽中五客:鴎為閑客,鶴為仙客,鷺為雪客,孔雀南客,鸚鵡隴客。会花鳥之情,真是天趣活溌。
書き下し
昔人に花中の十友有り。桂を仙友と爲し、蓮を凈友と爲し、梅を清友と爲し、菊を逸友と爲し、海棠は名友、荼蘼は韻友、瑞香は殊友、芝蘭は芳友、臘梅は奇友、梔子は禪友なり。 昔人に禽中の五客有り。鷗を閑客と爲し、鶴を仙客と爲し、鷺を雪客と爲し、孔雀は南客、鸚鵡は隴客なり。 花鳥の情を會すれば、真に是れ天趣活潑なり。
現代語訳
昔の人に「花の中の十友」というものがあります。桂を仙友とし、蓮を浄友とし、梅を清友とし、菊を逸友とし、海棠は名友、荼蘼(とび)は韻友、瑞香(沈丁花)は殊友、芝蘭は芳友、臘梅は奇友、梔子(くちなし)は禅友です。昔の人に「鳥の中の五客」というものがあります。鷗を閑客とし、鶴を仙客とし、鷺を雪客とし、孔雀は南客、鸚鵡は隴客(隴山の客)です。花と鳥の心を汲み取れば、まことに天然の趣が生き生きとしています。
解説
花や鳥をそれぞれ性格のある友や客に見立てた、昔の人の遊びを紹介した一則です。花中十友は宋の曾端伯の命名と伝えられ、桂は月の宮殿の木なので仙、蓮は泥に染まらないので浄、梅は寒さの中に咲くので清というように、花の性質に合わせて名を付けています。禽中五客は宋の李昉が鳥に付けた名と伝えられ、ゆったり浮かぶ鷗を閑客、白い鷺を雪客、南方の孔雀を南客、西方の隴山から来るとされた鸚鵡を隴客と呼びました。花鳥を単なる眺めではなく、心を通わせる相手として扱うところに、文人の暮らしの豊かさがあります。身近な草木や生き物に自分なりの名前を付けてみると、日々の景色が親しいものに変わるでしょう。
この章句が説くこと
花鳥風雅見立て自然交友
関連する章句
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『酔古堂剣掃』集倩・花を待するに客を以てす園花時を按じて開放すれば、因りて其の佳稱に即きて之を待するに客を以てす。 梅花は索笑客、桃花は銷恨客、杏花は倚雲客、水仙は淩波客、牡丹は酣酒客、芍藥は占春客、萱草は忘憂客、蓮花は禪社客、葵花は丹心客、海棠は昌州客、桂花は青雲客、菊花は招隱客、蘭花は幽谷客、酴醾は清敘客、臘梅は遠寄客。 須らく是れ身閑にして、方に稱して主人と為すべし。
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『酔古堂剣掃』集韻・花裏の神仙梅と同じく瘦せ、竹と同じく清く、柳と同じく眠り、桃李と同じく笑ふは、居然として花裏の神仙なり。鶯と聲を同じくし、燕と語を同じくし、鶴と唳を同じくし、鸚鵡と言を同じくする、此くの如きは話中の知己なり。
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『酔古堂剣掃』集倩・賞花には豪友を結ぶ花を賞するには須らく豪友を結ぶべく、妓を觀るには須らく淡友を結ぶべく、山に登るには須らく逸友を結ぶべく、舟を泛ぶるには須らく曠友を結ぶべく、月に對するには須らく冷友を結ぶべく、雪を待つには須らく艷友を結ぶべく、酒を捉るには須らく韻友を結ぶべし。
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『酔古堂剣掃』集倩・花を婢仆と為す幽居は世を絕つに非ずと雖も、而れども一切の使令供具交遊晤對の事、世外に出づるに似たり。 花を婢仆と為し、鳥を笑談と為し、溪漱澗流は酒肴烹煉に代はり、書史を師保と作し、竹石を友朋に質す。 雨聲雲影、松風蘿月、一時豪興の歌舞と為す。 情景固より濃やかなれども、然れども亦た清趣なり。
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『幽夢影』巻下・梅は人をして高からしむ梅は人をして高からしめ、蘭は人をして幽ならしめ、菊は人をして野ならしめ、蓮は人をして淡ならしめ、春海棠は人をして艷ならしめ、牡丹は人をして豪ならしめ、蕉と竹とは人をして韻あらしめ、秋海棠は人をして媚ならしめ、松は人をして逸ならしめ、桐は人をして淸からしめ、柳は人をして感ぜしむ。
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『幽夢影』巻上・花の目に宜しく復た鼻に宜しき者花の目に宜しく復た鼻の香に宜しきは、梅なり、菊なり、蘭なり、水仙なり、珠蘭なり、蓮なり。止だ鼻に宜しき者は、櫞なり、桂なり、瑞香なり、梔子なり、茉莉なり、木香なり、玫瑰なり、臘梅なり。餘は則ち皆目に宜しき者なり。花と葉と俱に觀るべき者は、秋海棠を最と爲し、荷之に次ぐ。海棠・酴醾・虞美人・水仙は、又之に次ぐ。葉の花に勝る者は、止だ鴈來紅・美人蕉のみ。花と葉と俱に觀るに足らざる者は、紫薇なり、辛夷なり。