幽夢影 / 巻上・耳聞は目見に如かず
女子自十四五歳至二十四五歳,此十年中,無論燕、秦、吳、越,其音大都嬌媚動人。一睹其貌,則美惡判然矣。耳聞不如目見,於此益信。
新字:女子自十四五歳至二十四五歳,此十年中,無論燕、秦、呉、越,其音大都嬌媚動人。一睹其貌,則美悪判然矣。耳聞不如目見,於此益信。
書き下し
女子は十四五歳より二十四五歳に至るまで、此の十年の中は、燕・秦・吳・越を論ずる無く、其の音大都嬌媚にして人を動かす。一たび其の貌を睹れば、則ち美惡判然たり。耳聞は目見に如かず、此に於て益ます信ず。
現代語訳
女性は十四、五歳から二十四、五歳までの十年間は、燕・秦・呉・越のどこの出身であろうと、その声はたいてい愛らしくて人の心を動かします。しかし一度その顔を見れば、美しいか否かははっきりします。耳で聞くことは目で見ることに及ばないということを、ここでいっそう確かに信じるようになりました。
解説
声の印象と実際の姿との食い違いから、耳聞不如目見という言葉の確かさを語った一則です。燕・秦・呉・越は北から南までの地方名で、どこの出身でも若い女性の声は愛らしく響くと言います。ところが実際に会ってみれば印象は大きく分かれるので、耳で聞いた評判は目で確かめた事実に及ばないというわけです。いかにも当時の文人の男性らしい目線で、今の感覚からは受け入れにくい言い方もあります。それでも、評判や第一印象だけで人や物事を判断せず、自分の目で確かめよという教えとして読むことはできます。友人の倪永清は、顔が美しく声が悪い人ならどうするのかと問い返しています。
この章句が説くこと
処世見聞実見印象判断
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