幽夢影 / 巻上・鵝の聲を聞けば白門に在るが如し
聞鵝聲如在白門;聞櫓聲如在三吳;聞灘聲如在浙江;聞羸馬項下鈴鐸聲,如在長安道上。
新字:聞鵝声如在白門;聞櫓声如在三呉;聞灘声如在浙江;聞羸馬項下鈴鐸声,如在長安道上。
書き下し
鵝の聲を聞けば白門に在るが如く、櫓の聲を聞けば三吳に在るが如く、灘の聲を聞けば浙江に在るが如く、羸馬の項下の鈴鐸の聲を聞けば、長安の道上に在るが如し。
現代語訳
鵞鳥の声を聞くと、白門(南京)にいるような気がします。櫓をこぐ音を聞くと、三呉(江南の呉の地方)にいるような気がします。早瀬の音を聞くと、浙江にいるような気がします。痩せ馬の首の下の鈴の音を聞くと、長安への道の上にいるような気がします。
解説
音がその土地の記憶を呼び起こすことを、四つの例で語った一則です。白門は南京の古い呼び名で、鵞鳥の声はそこの暮らしを思わせます。水路の多い江南では櫓の音が、流れの急な浙江では瀬音が、それぞれの土地の風景を連れてきます。最後の長安の道は、科挙や仕官を目指して都へ向かう旅人の道で、痩せ馬の鈴の音には旅の侘しさや志の重さがにじみます。音は目を閉じていても人を遠くへ運ぶものです。友人の倪永清は、すべての音が消えたときにはどう会得するのかと禅問答のように問い返しています。自分にとっての思い出の音を持っていることは、心の支えにもなります。
この章句が説くこと
風雅旅記憶音郷愁
関連する章句
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『幽夢影』巻上・方に虛しく此の耳を生ぜず春は鳥の聲を聽き、夏は蟬の聲を聽き、秋は蟲の聲を聽き、冬は雪の聲を聽く。白晝には棋の聲を聽き、月下には簫の聲を聽く。山中には松風の聲を聽き、水際には欸乃の聲を聽く。方に虛しく此の耳を生ぜず。惡少の斥辱、悍妻の詬誶の若きは、眞に耳聾に若かざるなり。
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