幽夢影 / 巻上・花を愛するの心を以て美人を愛す
以愛花之心愛美人,則領略自饒別趣;以愛美人之心愛花,則護惜倍有深情。
書き下し
花を愛するの心を以て美人を愛すれば、則ち領略自ら別趣に饒かなり。美人を愛するの心を以て花を愛すれば、則ち護惜倍ます深情有り。
現代語訳
花を愛する心で美しい人を愛すれば、その味わい方はおのずと格別の趣に富みます。美しい人を愛する心で花を愛すれば、いたわり大切にする気持ちがいっそう深くなります。
解説
花と美人という二つの愛の対象を、心の持ち方として入れ替えてみせた対句です。花を愛でるように人を見れば、ただ所有するのではなく、その姿や移ろいをしみじみ味わう目が生まれます。人を愛するように花を扱えば、風雨から守り、散るのを惜しむ気持ちがいっそう深まります。領略は味わい知ること、護惜は守り惜しむことです。友人の冒辟疆は、こうあってこそ本当の味わいであり、本当のいたわりだと評しています。一つの対象に向ける心を別の対象に移してみると、どちらへの向き合い方も豊かになります。人にも物にも、同じ深さの心で向き合いたいものです。
この章句が説くこと
風雅情愛花慈しみ
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『茶の本』第六章 花・花の生まれ故郷に花をたずねる花を理想的に愛する人は、破れた籬の前に座して野菊と語った陶淵明や、たそがれに、西湖の梅花の間を逍遙しながら、暗香浮動の趣に我れを忘れた林和靖のごとく、花の生まれ故郷に花をたずねる人々である。周茂叔は、彼の夢が蓮の花の夢と混ずるように、舟中に眠ったと伝えられている。この精神こそは奈良朝で有名な光明皇后のみ心を動かしたものであって、「折りつればたぶさにけがる立てながら三世の仏に花たてまつる」とお詠みになった。
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『墨子』尚同下是の故に子墨子曰く、「凡そ民をして尚同せしむる者、民を愛すること疾からざれば、民、使う可き無し。曰く、必ず疾く愛して之を使い、信を致して之を持し、富貴以て其の前を道き、明罰以て其の後を率う。政を為すこと此くの若くんば、唯だ我と同じくする毋からんと欲するも、將に得可からざるなり」と。
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『墨子』大取一に曰く乃ち是にして然り、二に曰く乃ち是にして然らず、三に曰く遷、四に曰く强。子。其の深きを深くし、其の淺きを淺くし、其の益を益し、其の尊きを尊ぶ。次を察し、山のごとく比し因り、優指に至る。復た次いで聲端の名を察し、請に因りて復す。夫の辭の惡しき者を正すは、人、右に其の請を以て焉を得。諸そ遭い執る所にして欲惡生ずる者は、人、必ずしも其の請を以て焉を得ず。聖人の拊なり。仁にして利愛無し、利愛は慮に生ず。昔者の慮は、今日の慮に非ず。昔者の人を愛するは、今の人を愛するに非ず。獲を愛するの人を愛するは、獲を利するを慮るに生じ、臧を利するを慮るに非ざるなり。而して臧を愛するの人を愛するは、乃ち獲を愛するの人を愛するなり。
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『墨子』節用中子墨子言いて曰く、古者、明王聖人の天下に王たり諸侯を正しくせし所以の者は、彼れ其れ民を愛すること謹みて忠、民を利すること謹みて厚く、忠信、相い連なり、又た之に示すに利を以てす。是を以て身を終うるまで饜かず、殁して二十にして卷まず。古者、明王聖人の其の天下に王たり諸侯を正しくせし所以の者は、此れなり。
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論語・憲問篇子曰く、之を愛して、能く労すること勿からんや。焉に忠にして、能く誨うること勿からんや。
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論語・里仁篇子曰わく、ただ仁者のみよく人を好み、よく人を悪む。