幽夢影 / 巻上・六つの願ひ
願在木而爲樗(不才終其天年),願在草而爲蓍(前知),願在鳥而爲鷗(忘機),願在獸而爲廌(觸邪),願在蟲而爲蝶(花間栩栩),願在魚而爲鯤(逍遙遊)。
新字:願在木而為樗(不才終其天年),願在草而為蓍(前知),願在鳥而為鴎(忘機),願在獣而為廌(触邪),願在虫而為蝶(花間栩栩),願在魚而為鯤(逍遥遊)。
書き下し
木に在りては樗と爲らんことを願ひ(不才にして其の天年を終ふ)、草に在りては蓍と爲らんことを願ひ(前知)、鳥に在りては鷗と爲らんことを願ひ(機を忘る)、獸に在りては廌と爲らんことを願ひ(邪に觸る)、蟲に在りては蝶と爲らんことを願ひ(花間に栩栩たり)、魚に在りては鯤と爲らんことを願ふ(逍遙遊)。
現代語訳
木であれば樗(役に立たない木)になりたいものです(役に立たないので天寿を全うできます)。草であれば蓍(占いに使うめどぎ)になりたいものです(先のことを知ることができます)。鳥であれば鷗になりたいものです(たくらむ心を忘れています)。獣であれば廌(神獣の獬豸)になりたいものです(邪な者を角で突きます)。虫であれば蝶になりたいものです(花の間をひらひらと舞います)。魚であれば鯤(北の海の大魚)になりたいものです(逍遥遊の境地です)。
解説
木・草・鳥・獣・虫・魚の六つについて、生まれ変わるなら何になりたいかを並べた一則で、陶淵明の閑情賦の願の連なりを思わせる形です。樗は荘子に出てくる役に立たない大木で、無用ゆえに伐られず長生きします。鷗は、たくらみを持たない男には鷗が寄ってきたという列子の話にもとづきます。廌は裁判のときに不正な者を角で突いたという神獣、蝶は荘子の胡蝶の夢、鯤は逍遥遊の冒頭の大魚です。弟の張木山は、前知と不才、忘機と触邪はそれぞれ正反対だと指摘しています。自分が本当に願う生き方を、一つずつ言葉にしてみる手がかりになります。
この章句が説くこと
隠逸自然荘子願い閑適
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