幽夢影 / 巻上・花を藝ゑて以て蝶を邀ふ
藝花可以邀蝶,纍石可以邀雲,栽松可以邀風,貯水可以邀萍,築臺可以邀月,種蕉可以邀雨,植柳可以邀蟬。
新字:芸花可以邀蝶,纍石可以邀雲,栽松可以邀風,貯水可以邀萍,築台可以邀月,種蕉可以邀雨,植柳可以邀蝉。
書き下し
花を藝ゑれば以て蝶を邀ふべし、石を纍ぬれば以て雲を邀ふべし、松を栽うれば以て風を邀ふべし、水を貯ふれば以て萍を邀ふべし、臺を築けば以て月を邀ふべし、蕉を種うれば以て雨を邀ふべし、柳を植うれば以て蟬を邀ふべし。
現代語訳
花を植えれば蝶を招くことができます。石を積み重ねれば雲を招くことができます。松を植えれば風を招くことができます。水をためれば浮草を招くことができます。台を築けば月を招くことができます。芭蕉を植えれば雨を招くことができます。柳を植えれば蟬を招くことができます。
解説
庭づくりを通して自然の客を招く七つの工夫を並べた一則です。花には蝶が、積んだ石には雲が、松には風の音が、池には浮草が、高台には月が寄ってきます。芭蕉は大きな葉に雨音を響かせ、柳には蟬が止まって鳴きます。こちらが舞台を整えれば、あとは向こうからやって来るという発想です。友人の曹秋岳は書物を蔵すれば友を招けると言い、陸雲士は徳を積めば天を招けるが、それは名利を招くのとはまるで違うと評しています。成果を直接追いかけるより、それが自然に集まる環境を整えるほうがうまくいくことは、仕事や人づくりにも多いものです。
この章句が説くこと
自然風雅閑適庭園環境
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説苑・奉使晏子將に荊に使いせんとす。荊王之を聞き、左右に謂いて曰く、「晏子は賢人なり。今方に來らんとす。之を辱めんと欲す、何を以てせん。」左右對えて曰く、「其の來るに爲り、臣請う一人を縛りて王を過りて行かしめん。」是に於て荊王晏子と立ちて語る。一人を縛る有り、王を過りて行く。王曰く、「何を爲す者ぞ。」對えて曰く、「齊人なり。」王曰く、「何の坐ぞ。」曰く、「盜に坐す。」王曰く、「齊人固より盜するか。」晏子反顧して之に曰く、「江南に橘有り、齊王人をして之を取りて江北に樹えしむるに、生じて橘と爲らず、乃ち枳と爲る。然る所以は何ぞ。其の土地之をして然らしむるなり。今齊人齊に居りて盜せず、荊に來りて盜す、土地之をして然らしむる無きを得んか。」荊王曰く、「吾子を傷つけんと欲して反りて自ら中れり。」
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論語・衛霊公篇子貢、仁を為すを問う。子曰く、「工、其の事を善くせんと欲すれば、必ず先ず其の器を利くす。是の邦に居るや、其の大夫の賢者に事え、其の士の仁者を友とす。」
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孫子・始計篇天とは、陰陽・寒暑・時制なり。
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孟子・盡心章句下孟子曰く、「君子の陳蔡の閒に戹するは、上下の交わり無ければなり。」
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『墨子』所染子墨子、染絲する者を見て歎じて言いて曰く、「蒼に染むれば則ち蒼く、黄に染むれば則ち黄なり。入るる所の者變ずれば、其の色も亦た變ず。五たび入れて已に五色と為る。故に染は慎まざる可からざるなり」と。