幽夢影 / 巻上・翰墨棋酒無くんば
昔人云:若無花、月、美人,不願生此世界。予益一語云:若無翰、墨、棋、酒,不必定作人身。
書き下し
昔人云ふ、若し花・月・美人無くんば、此の世界に生ずるを願はずと。予一語を益して云ふ、若し翰・墨・棋・酒無くんば、必ずしも定めて人身と作らずと。
現代語訳
昔の人は言いました、もし花と月と美人がなかったら、この世に生まれたいとは思わないと。私はさらに一言を加えて言います、もし筆と墨と碁と酒がなかったら、何も人間の身に生まれる必要はないと。
解説
この世に生きる楽しみを何に見るかを語った一則です。昔の人は花・月・美人という、自然と人の美しさを挙げました。張潮はそれに、翰(筆)・墨・棋・酒という、人が自ら営む文化の楽しみを加えています。花や月は鳥や獣でも見られますが、筆で書き、碁を打ち、酒を酌むのは人間ならではの喜びだという含みがあります。友人の殷日戒は、人に生まれながらこれらを知らない者は急いで反省すべきだと応じ、胡会来は豪傑と文人がいなければこの世界はいらないと言っています。自分にとって人として生まれた甲斐を感じるものは何かを、改めて問いかけてきます。
この章句が説くこと
風雅閑適趣味人生文化
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