幽夢影 / 巻上・春は天の本懷
春者天之本懷,秋者天之別調。
新字:春者天之本懐,秋者天之別調。
書き下し
春は天の本懷、秋は天の別調なり。
現代語訳
春は天の本来の心持ちであり、秋は天の別の調べです。
解説
春と秋を、天の心の二つの表れとして詠んだ一句です。万物を生み育てる春こそ天の本心であり、枯れて引き締まる秋はそれとは別の、趣の違う調べだと見ています。本懐は本来の思い、別調は音楽でいう別の曲調です。儒学では天の徳を生み育てる働きにあると考えるので、それが春を本懐とする見方の背景にあります。友人の尤悔庵は夏を天の客気、冬を天の素風と付け足し、袁江中は春の気を得た者は人の本懐、秋の気を得た者は人の別調だと人に移しています。人にも本来の調子と、時に見せる別の顔があると思うと、見方が広がります。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
自然四季天風雅心
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