幽夢影 / 巻上・行書は二者の間に介す
楷書須如文人,草書須如名將。行書介乎二者之間,如羊叔子緩帶輕裘,正是佳處。
新字:楷書須如文人,草書須如名将。行書介乎二者之間,如羊叔子緩帯軽裘,正是佳処。
書き下し
楷書は須らく文人の如くなるべし、草書は須らく名將の如くなるべし。行書は二者の間に介し、羊叔子の緩帶輕裘の如きは、正に是れ佳き處なり。
現代語訳
楷書は文人のようであるべきです。草書は名将のようであるべきです。行書はその二つの中間にあって、羊叔子(晋の将軍羊祜)が帯をゆるめ軽い皮衣を着ていたようなもので、まさにそこがよいところです。
解説
書体を人柄になぞらえた一則です。一画ずつ端正に書く楷書は礼儀正しい文人、筆を走らせる草書は大軍を自在に動かす名将にたとえられます。その中間の行書は、晋の羊祜にたとえられます。羊祜は呉と対峙する前線にいながら、軽い皮衣に帯をゆるめた姿で過ごし、鎧を着なかったと伝わる人物で、武人でありながら文人の風格を持っていました。友人の張竹坡は、だから王羲之は右将軍にならねばならなかったのだと洒落ています。きちんとした型と自由な勢いの間にある、ゆとりある構えこそが最も味わい深いという見方は、仕事の進め方にも当てはまります。
この章句が説くこと
書道風雅人物中庸羊祜
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