幽夢影 / 巻上・經を讀むは冬に宜し
讀經宜冬,其神專也;讀史宜夏,其時久也;讀諸子宜秋,其致別也;讀諸集宜春,其機暢也。
新字:読経宜冬,其神専也;読史宜夏,其時久也;読諸子宜秋,其致別也;読諸集宜春,其機暢也。
書き下し
經を讀むは冬に宜し、其の神專らなればなり。史を讀むは夏に宜し、其の時久しければなり。諸子を讀むは秋に宜し、其の致別なればなり。諸集を讀むは春に宜し、其の機暢ぶればなり。
現代語訳
経書を読むのは冬がよいのです。心が一つに集中するからです。歴史書を読むのは夏がよいのです。日が長く時間がたっぷりあるからです。諸子百家の書を読むのは秋がよいのです。その趣がそれぞれ独特だからです。詩文集を読むのは春がよいのです。心の働きがのびやかになるからです。
解説
『幽夢影』の冒頭に置かれた一則で、四季と読む本の取り合わせを説いています。経・史・子・集は、中国の書物を四つに分ける伝統的な分類です。冬は寒さで外に出ず、心が散らないので、重い経書に向きます。夏は昼が長いので、長大な歴史書をじっくり読めます。秋の澄んだ空気は、思想家ごとの個性を味わうのにふさわしく、春の気分の伸びやかさは詩文とよく響き合います。友人の龐筆奴は、この『幽夢影』なら春夏秋冬いつ読んでもよいと評しています。季節や時間帯に合わせて読む本を選ぶと、同じ一冊でも入り方が変わります。
この章句が説くこと
読書学問四季経史子集風雅
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