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養生訓 / 巻第四・飲茶烟草附

一大和國中はすべて奈良茶を每日食す。飯に煎茶をそゝぎたる也。赤豆、豇豆、蠶豆、菉豆、陳皮、栗子、零餘子など加へ點じ用ふ。食を進め、胸を開く。一たばこは近年天正慶長の比異國よりわたる。淡婆姑は和語にあらず蠻語なり。近世の中華の書に多く載せたり。又烟草と云ふ。朝鮮にては南草と云ふ。和俗これを莨菪とするは誤れり。莨菪は別物なり。烟草は性毒あり、烟をふくみて眩ひ倒るゝ事あり。習へば大なる害なく、少しは益ありといへども損多し。病をなす事あり、又火災のうれひあり。習へばくせになり、むさぼりて後には止めがたし。事多くなり、いたづかはしく、家僕を勞す。初よりふくまざるにしかず。貧民は費多し。

新字:一大和国中はすべて奈良茶を毎日食す。飯に煎茶をそゝぎたる也。赤豆、豇豆、蠶豆、菉豆、陳皮、栗子、零余子など加へ点じ用ふ。食を進め、胸を開く。一たばこは近年天正慶長の比異国よりわたる。淡婆姑は和語にあらず蠻語なり。近世の中華の書に多く載せたり。又烟草と云ふ。朝鮮にては南草と云ふ。和俗これを莨菪とするは誤れり。莨菪は別物なり。烟草は性毒あり、烟をふくみて眩ひ倒るゝ事あり。習へば大なる害なく、少しは益ありといへども損多し。病をなす事あり、又火災のうれひあり。習へばくせになり、むさぼりて後には止めがたし。事多くなり、いたづかはしく、家僕を労す。初よりふくまざるにしかず。貧民は費多し。

書き下し

一大和国中はすべて奈良茶を毎日食す。飯に煎茶をそそぎたる也。赤豆、豇豆、蠶豆、菉豆、陳皮、栗子、零余子など加へ点じ用ふ。食を進め、胸を開く。一たばこは近年天正慶長の比異国よりわたる。淡婆姑は和語にあらず蠻語なり。近世の中華の書に多く載せたり。又烟草と云ふ。朝鮮にては南草と云ふ。和俗これを莨菪とするは誤れり。莨菪は別物なり。烟草は性毒あり、烟をふくみて眩ひ倒るる事あり。習へば大なる害なく、少しは益ありといへども損多し。病をなす事あり、又火災のうれひあり。習へばくせになり、むさぼりて後には止めがたし。事多くなり、いたづかはしく、家僕を労す。初よりふくまざるにしかず。貧民は費多し。

現代語訳

大和国の中では、どこでも奈良茶を毎日食べます。飯に煎茶を注いだものです。小豆、ささげ、そら豆、緑豆、陳皮、栗、むかごなどを加えて茶を注いで用います。食欲を進め、胸を開きます。たばこは近年、天正・慶長のころに外国から渡ってきました。淡婆姑(たばこ)は日本語ではなく南蛮の言葉です。近年の中国の書物に多く載っています。また烟草ともいいます。朝鮮では南草といいます。わが国でこれを莨菪(はしりどころ)とするのは誤りです。莨菪は別の物です。烟草は性質に毒があり、煙を吸ってめまいを起こして倒れることがあります。慣れれば大きな害はなく、少しは益があるといっても、損が多いものです。病をおこすことがあり、また火災の心配もあります。慣れると癖になり、むさぼって後にはやめにくくなります。用事が増えてわずらわしく、家の召使いを疲れさせます。はじめから吸わないのがいちばんです。貧しい民には出費がかさみます。

解説

大和の奈良茶の紹介と、たばこの害を述べた単位です。たばこが天正・慶長のころに伝来したこと、名が南蛮の言葉であること、莨菪と混同するのは誤りであることなど、本草学者らしい考証が添えられています。そのうえで、めまいや病、火事の危険、癖になってやめにくいこと、出費の多さを挙げて、はじめから吸わないのがよいと結論しています。依存性と経済的負担にまで目を向けたこの指摘は、三百年前のものとは思えないほど今の禁煙の考え方に近いものです。

この章句が説くこと

たばこ習慣茶害養生

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